2年連続で学位論文の受け取りを拒否された東北大学の大学院生が自殺というニュースは衝撃だった。
彼の指導教官であった52才の准教授は、まともな指導もディスカッションもしないまま彼の論文の受け取りを拒否していた。 しかし彼の死後、両親の訴えによって設置された内部調査委員の調査では、rejectされた彼の論文は学位審査のレベルに達していたということで、何をもって拒否したのかが全く分からない。典型的なアカデミックハラスメントである。 -------------------------- 東北大大学院生が自殺…博士論文、2年連続受け取り拒否され 5月13日12時38分配信 読売新聞 東北大は13日、大学院理学研究科で教員の指導に過失があり、担当していた大学院生の自殺につながったとする内部調査結果を公表した。 大学院生は2年続けての教員による博士論文の受け取り拒否などで修了できなかった。同大は懲戒委員会で処分を検討しているが、この教員は今月に入り辞職した。 同大によると、自殺したのは理学研究科で生物関係の研究をしていた博士課程の男性大学院生(当時29歳)。大学院生は昨年8月、研究のデータ集めをした滋賀県内で自殺した。遺書には指導法への不満などはなかったが、翌月、両親から男性准教授(52)の指導に問題があったのではとの指摘を受け、内部調査委員会を設置していた。 大学院生は2007年12月、博士論文の草稿を事前提出したが、准教授は大学院生と十分に議論せず受け取りを拒否。准教授は06年11月ごろにも、論文提出を延期するように指示しており、大学院生は2年連続で博士号の取得に失敗した。 調査は、残された論文草稿やデータを見る限り、大学院生の研究は博士論文の審査水準に到達していたと判断。准教授が、具体的な指示を与えず、適切な指導を行わなかった結果、大学院生は学位取得や将来に希望を抱けなくなり、自殺に至ったと結論づけた。准教授は、08年1月に科学誌から大学院生の論文が掲載を拒否され、書き直しが必要になった際も、適切な指導を行わなかった。准教授は調査に「論文提出の直前までデータ整理に追われており、時間がかかると判断したが、指導に不適切な点があった」と話したという。 -------------------------- 私は現在大学に勤務している。学位を取るのは端から見ていても大変なことである。 学位取得の条件は大学によって多少の差はあるだろうが、私のいる大学ではまず論文を書き上げた上で語学試験(英語)にパスし、その後に自分の論文を学位審査にかけなければならず、例えそれが専門誌に投稿し受理された(=学術的に認められた)論文であっても、学内の審査は免除されない。 審査は予備審査と本審査があり、かなり時間も手間もかかるし、お金もかかる。これまでの指導教員の中から推薦者も複数探さねばならない。そもそも大学院に籍がなければ審査対象とはならないので、仕事を持ちながら大学院の在籍料金を支払い、指導を受けて取得するというケースも少なくない。 学生であろうがキャリアを積んだ研究者であろうが、論文を書き上げるというのは想像を絶して大変な仕事だ。実験を積み重ねて結論を出すまでは遠い道のりがあるし、実験結果をまとめて投稿しても、それなりの雑誌には必ず査読というものがある。 査読とは投稿された論文のデータや内容が客観的に正しいものであるかを審査することで、当該誌の編集者や研究領域が近い研究者(互いに匿名)がチェックを行う。根拠の弱いところや検証が不十分な所があれば指摘され、練り直しや追加実験を要求される。 また、専門誌にはそれぞれ「インパクトファクター」という値が割り振られており、雑誌のその研究領域においての重要度やステイタスが高いものほどその数値は高い。同じ論文掲載といってもあの雑誌とその雑誌では重みが違う、というヒエラルキーは歴然と存在する。よってインパクトファクターの高い雑誌にどれだけ論文を載せられるかがそのまま彼らの経歴(就職・昇進)やキャリア(実績)に大きな影響を与えることになる。 雑誌社としても論文の評価=その雑誌の信頼度、ステイタスになるので査読は厳しく、1度の投稿で論文が受理されるということはほぼゼロといっていい。雑誌に掲載された論文のデータや結論は既成事実、前提条件としてその後の研究や論文の根拠にもなるので審査が厳しいのは仕方ないが、目指す実験結果が出るまでに、また論文1報の投稿にそれぞれ数年かかるのは珍しいことではない。そのくらい大変なものだ。 学位審査論文には専門誌からの論文受理は必要ないが、やはり同じようなプロセスを必要とする。査読は指導教官等が行うことになるし、教官の指導やサポートがなければ院生が論文を書き上げることは不可能に近い。自殺した院生はそこでこの准教授によって道を塞がれてしまったのだ。 彼の論文は審査水準に達していたのに、それを知ることのないまま彼は死んだ。 そして更に信じられないことに、この准教授は彼に指導らしい指導をしなかったというのだ。ありえないことである。 ディスカッションも、助言すらほとんどすることなく、明確な根拠のないままに彼の2年間と努力の成果を握りつぶした。そして彼の精神をも殺すことになり、ついには自殺に追いやったのである。 彼にしてみればこの2年間は、賽の河原で石を積んでいるような気持ちだったに違いない。私は研究者ではないけれど、研究者やまともな大学教員、または講座所属の院生がどんなに毎日自分の研究に打ち込んでいるかというのは目にしているので、彼の無念さを思うと本当に胸が痛み、涙が出てくる。 一方で、これだけのことをしておきながら准教授のプライバシーは守られている。 大学関係者は分かっているだろうが、立件されていないためか名前は明かされていない。そして懲戒処分が下る前に辞職しているということは、退職金ももらっているのだろう。 大学のようにお役所的なところはこのような時でも退職金支給を保留にしたりせず、粛々と「規定に沿って」支払っている可能性が高い。 業界は狭いのでこの准教授が再就職することは難しいかもしれないが、これはあまりにもアンフェアというか、ひどい話である。 今回東北大が問題を揉み消そうとせず、内部委員会を立ち上げ問題を明らかにしたことは評価できるが、「指導に“過失”があった」というのは詭弁だと思う。どんな理由にせよ水準をクリアしている論文を2年間も受領拒否するということは通常ありえないことだ。本当に「2年連続学位審査のレベルに到達できない」という学生が自分の受け持ちに出た場合は教授に相談するべきだと思うが、この准教授はそれもしていない。 そもそもこの研究室の教授と准教授の関係はどのようになっていたのだろうか。そして教授はどのくらい自分の研究室の状況を把握していたのだろうか。 多くの研究室では週に一度ラボミーティングを開き、それぞれの研究の進捗状況を発表しディスカッションをすることによって情報や状況を共有し、互いに指示や助言を得る機会を持っているはずである。この研究室の運営がどうなっていたかというのは非常に気になる。 確かに教授がいわゆる「雲上人」となってしまっていて、学生がおいそれと教授に相談等ができない(多忙な為、というのもある)という研究室も少なくないが、それでも、むしろそういう状況ならなおさら教授-准教授のパイプは非常に重要になるはずである。 しかし教授と准教授が必ずしも気が合っているとはいえない講座も存在するし、良くも悪くも教授が准教授を信頼しきっていて、准教授の言うことを鵜呑みにしている場合もあるかもしれない。 また、大学は非常に「縦社会」であるうえ専門研究領域がかなりはっきり分かれているために、担当教官と合わないからといって別の教員に指導を頼むわけにもいかず逃げ場がない、ということもある。 自殺した院生はこの准教授のアカデミック・ハラスメントと、大学研究室という組織から二重に苦しめられていたのではないか。 大学教員を含めて、研究者は非常に縦(師弟関係)と横(共同研究)のつながりを大事にする人たちである。彼らはどこかの研究所等に所属していても任期制で所属年数が決まっていたり、研究費獲得のために所属を移ったりするので、会社員等よりも所属変更がカジュアルに行われることが多い。そのため会社のように「組織」というよりは人間同士の付き合いが主になってくるので所属を超えて助け合って研究をしているし、指導者は熱心に部下の指導や協力をしている。そして就職・転職の場合は上司のコネクションや人脈、口添えが非常に影響を及ぼす世界である。 見ているとそれはとても通気性がよく、合理的に思える。コネが有効なのも実験の技術が優れた人材等を間違いなく採用できる、等のかなり分かりやすい理由があるためで、共同研究等でも自分達に出来ることはお互いに手伝いましょう、という姿勢はとても健全かつ温かなものを感じている。 しかしひとつ悪意が混じればこういう悲劇的なことが起こるのだ、と愕然とした。この黄金律はお互いの善意の上に成り立っているということを思い知らされた事件だった。 この准教授には自分が何をしたかということを厳粛に見つめて欲しい。これからどんなに素晴らしい業績を残したかもしれない、前途のある若い研究者の未来を、命を奪ったことについてよく考えて欲しい。 そして東北大学は今からでも彼を懲戒処分とし、退職金を払ったのであれば返還を要求するべきである。退職金は受給者のこれまでの働きに対して、教員であれば学生の育成に対しての慰労の意味が大きいはずである。彼にそれを受け取る資格はない。 アカデミック・ハラスメントとは (山口大学HPより) 他にもWikipediaの「アカデミック・ハラスメント」の項目でも、その一例として「学位論文を受理しない」という内容が掲載されています。
by toramomo0926
| 2009-05-15 20:09
| 事件・事故
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