「競技」としてのフィギュアは死んだのか
b0038294_14561499.jpgフランス杯が終わった。
男子は織田信成選手がSP2位から逆転で優勝(おめでとう!)、女子はキムヨナ選手が210点というものすごい点数を出して優勝した。
浅田真央選手はSP3位から順位をひとつ上げて2位、中野友加里選手が3位に食い込んだ。

キム選手の点の出方については数年前からレベル認定の甘さや加点の多さ、減点の少なさがファンの間でずっと話題になってきたことだが、昨年からその「大盤振る舞い」がかなり露骨になっており、今回の点数には呆れてしまった。ショックだった。ISU(国際スケート連盟)はフィギュアスケートという競技と、それに取り組む選手達、どちらに対しても良心を失ったように思えた。

キム選手の演技構成は技術的に最高レベルではない上に、重要な得点源であるジャンプが1つ抜けていながら210点などという他選手とは別次元、別基準ともいえる点をがジャッジが出したのだ。
これは今回の試合で浅田、または中野がたとえトリプルアクセル等全てのジャンプを完璧に決めて、
全ての要素でレベル4(最高難度認定)を取れたとしても、1つジャンプを飛び損ねたキムに勝つことは不可能という事を意味する。キム選手が3回くらい転倒しても追いつけるかどうかわからない。それくらい競技としてありえない点の出方、点の開き方だった。もうキムはいくら転んでも、何もしなくてもただ表情豊かに滑っていれば優勝できるのではないかという気すらした。
キムの得点の根拠が本当にわからない。いくら採点競技がジャッジの好みや時の運という要素を多少含むとはいえ、これで競技、スポーツと呼べるのだろうか。

ISU Grand Prix Eric Bompard 2009
男女シングル、ペア、アイスダンスの順位、得点の詳細。
各種目の「Result」で総合順位と総合得点が、
ショートプログラム(SP)とフリープログラム(フリー)の「Result」で順位と総合得点が、「Judges Score」では各選手の全ての要素の内容と、それにジャッジがどのように得点をつけたかを見ることができます。




浅田真央選手は前評判より、また本人が話していたより(『調子が悪い』とは決して言わない選手だが)コンディションが悪そうに見えた。イーグルの直後という難しい入り方だったとはいえ、ダブルアクセルでミスをした真央選手をここ数年で初めて見た。
しかし、以前はSPで連続ジャンプをミスったらフリーは6位スタート、ということもあったが3位に留まり、フリーもジャンプを複数ミスっても2位に上げた。この点は明るい材料だと思う。

キム選手は3ルッツ-3トウループ(3Lz-3T)というコンビネーションジャンプを冒頭に入れているが他は特別難しい要素はなく、ジャンプが抜けるミスもあったが手堅くまとめた演技だった。
しかしあれだけ「爆上げ」と言われ、各国の解説者の首をひねらせた世界選手権の点数を超えて、男子4位よりも高得点の210点、というのはどうしても納得ができない。
どんなに「キム的表現」が評価されたとしても、あの演技構成で2位に30点以上の差をつけるというのはあまりにも無理があるし、露骨と言うか極端すぎる。
これは個人的な選手の好き嫌いや出場した他選手の出来とは別に、客観的に見てもスポーツとしてのキム選手の得点の根拠が全くわからない、ということだ。

キム選手の演技構成は、ここ数年ずっと変わっていない。
また彼女は「完成度」が売りとされ、毎回完璧なイメージを押し出しているが、実は彼女はショートプログラム(SP)はノーミスが多いものの、フリーでミスしなかったことはシニアに上がってから一度もないのだ。
今回もジャンプが抜けたし、今年の世界選手権でも3回転ジャンプが1つすっぽ抜けて1回転になり、更にスピンを2回同じ種類のものをやってしまい、1回分がノーカウント(得点なし)となっている。
コンマ1点を争う世界選手権で2つも要素が抜けるという致命的な失敗をしていながら、それでも得点はぶっちぎり、男子並みの207点をたたき出したのである。
フィギュアスケートには技の難易度に応じて「基礎点」というものがつき、これに「出来栄え(GOE)」の加点・減点、その他全体的な技と技のつなぎや音楽との調和、スケーティングスキル等の評価があるわけだが、ここまで極端なことをされてしまうと基礎点が存在する意味はなくなってしまう。

また彼女を語るときに欠かせない「表現力」についても、体は比較的硬いほうで、ポジションは決して美しいとは言えない。
スパイラルも足があまり上がりらないし(ヘルニアを以前患っていたこともありますが)、彼女の「表現」は首から上に限定されている。

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スパイラル。左がキム選手、右が浅田選手。

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ビールマンポジション。

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シットスピン。演技中、また演技終盤に片足1本でしゃがみ、膝を大きく曲げて回転するこのスピンは見た目の印象よりずっと体力を消耗します。
そのため、レベル4認定は「曲げた足が90度以上曲がっていること」が条件のひとつとされていますが、キム選手はここまで腰高なシットスピンでも、やすやすとレベル4&更にGOE加点を得ています。他の選手では考えられないことです。


浅田真央選手とキムヨナ選手の各演技要素の比較。
シニアデビュー後(一部ジュニア&ノービス時代も)から年を追って比べられるようになっているのが興味深い。
浅田選手が年々ポジションの柔軟度が増し、洗練されていくのに対し、キム選手には向上は全く見られません。シットスピンなどはむしろ腰高となり、ポジションが甘くなってきています。




確かに顔の表現も重要だし、キム選手の演技力を否定はしないが、、採点する側がそれを過大に評価する一方で、本来評価されるべき身体的な表現、すなわち鍛え上げられた筋肉を使って柔軟性を生かした美しい姿勢や、体の動きを使ったストーリーや感情の表現、音楽に合わせた動きををし、楽曲そのものも表現する、などの芸術性を全く無視する採点方法では、一体何を基準に「表現力」を定義し、採点しているのかが全くわからない。
これでは演技力を競っているのか、スポーツとしての技術や表現を競っているのかが全くわからない状態になってしまっている。
表情だけを見て「表現力」とするなら、体にフィットした衣装を着て氷の上で演技する意味がどこにあるのだろうか。
フィギュアスケートはスポーツである。
確かに芸術性や表現を重視される種目ではあるが、一義的な要素はスポーツ、「競技」のはずだ。だからこそオリンピックに公式種目としてエントリーされているのだ。

あるサイトのコメント欄に
「競技として終わってる。100m走でタイムよりもフォームがいい選手が優勝するようなそんな感じ」とありましたが、その通りだと思った。

バンクーバーオリンピック女子シングルの優勝者は既に決まっているのかもしれない、と今回の試合で感じた。
選手も含めて、そのような悲観的な予測をした方は多かったのではないかと思う。

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このような点の出方を許したということは、どんなに努力しても、どんなに難しい技をマスターしてそれを本番で成功させても、どんなに表現を磨いても、「何をやってもムダ」というISUの意思表示を見せられたような気さえした。
またキム選手については、使用曲は違えど内容的には毎年同じプログラムを滑っている(今回キム選手は3-3のコンビネーションジャンプを3フリップー3トウループから3ルッツー3トウループに変えてきているが、彼女のフリップは前々からルッツ気味になるエッジエラーをファンから動画等の検証で指摘されていたーこれも殆ど減点されていないーため、実質的には変わらないと思う)、という心身ともに楽な状況に加えて、「失敗してもその先は約束されている」と確信しているからこそ、今年の世界女王としてのプレッシャーのかかる初戦でも、伸び伸びと演技しているようにも見えた。

このようなキム選手1人への「別ルール」とも言える大盤振る舞いは、ある種の重大な心理的影響を他選手に及ぼすことになるような気がする。
何度も数字的な大差をつけた勝利を重ねることで他選手に精神的に「一緒の試合で勝つには失敗は許されない」というプレッシャーを更に与え、そしてその緊張が更に失敗しやすい状況を作り、ただ1人に更に精神的優位をもたらす効果があるからである。

また、このような不公平な採点(もう不公平な採点だとはっきり言おうと思う)を鵜呑みにしたメディアや、よく知りもせずに発言するキャスター、コメンテーター等が浅田選手に対し、未来永劫実際よりも大幅に低い評価を下し「浅田はキムより格下」という烙印を押すことになるのではないかというのも気になる(既に押しているのではないかという報じ方をするところもある)。
今回の試合結果の報じ方を見ても、浅田選手には優勝しか許さない、というメディアのはっきりした姿勢が感じられる。2位なのに、まるで表彰台を逃したか最下位になったかのような扱い。また中野選手の3位という快挙に至っては、試合に出ていたのかどうかもわからないような扱いである。

今朝も野球解説者の張本氏が、浅田選手のことを「副業のやりすぎ」と批判していた。
しかし、彼女ほどストイックな選手はそうはいない。彼女がたとえ試合で失敗して勝利を逃したとしても、それは彼女が怠けていたり、練習が足りないのが理由ではないことは間違いない。それはスタッフや国内外の他選手のインタビュー等でも彼女のワーカホリック振りは知られているところだ。
それなのに無知な割にTVや新聞において影響力の大きい人が彼女に対して批判的なコメントを繰り返すことによって、採点の不公平さは伝えられないまま、五輪の結果いかんでは彼女に対するバッシング的な動きになっていきかねない気がするのが一番心配である。

日本では、今述べたような疑問、しかも多くのフィギュアファンが持っている疑問(さすがに今回は詳しくない方でも疑問に思った方は多いようだが)について言及するメディアは全くといっていいほどない。
何か日本国内では業界的に触れてはいけないタブーがあるのかもしれないが、海外は比較的オープンに語られることが多い。
今回の結果やキム選手の採点について、海外(韓国以外)、とくに欧米のメディアや専門家がどのような感想を持っているのかがとても知りたい。キャンデロロ怒ってるだろうなあ。

なんだか真央選手の元気な姿を見られなかったことも残念だったが、スポーツとしてのフィギュアスケートの断末魔を聞いたような気がして、暗澹たる気持ちになった。
織田選手の優勝と、中野さんが怪我の中3位に飛び込んだという事以外、私にとって救いとなるものが全くなかった大会だった。

今回のフランス杯の結果は、出場選手のみならず、世界中で努力を続ける全ての女子選手のモチベーションを下げると思う。日々の生活全てをかけて練習している彼女達が本当に気の毒でならない。
あなたたちがどんなに頑張っても優勝する選手は決まってます、と言われたも同然の試合だったから。


*浅田選手とキム選手の比較写真は、「ちえのちえぶくろ」様のブログよりお借りしたものです。

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by toramomo0926 | 2009-10-18 14:56 | フィギュアスケート


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