今季のプログラムを冷静に評価してみる-浅田真央選手
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全日本まであと一週間ほどに迫りました。楽しみですね。

今季浅田真央選手は「不調、不調」と言われ続けています。確かにトリプルアクセル(3A)の成功率は、殆どを決めてきていた昨年より今のところ落ちています。
ですがそのショックで見る側も冷静さを失ってはいないでしょうか?実のところ、私はそうでした。

3Aが去年に比べてびっくりするくらい決まらないことと、ショートプログラム「仮面舞踏会」が昨季のフリーと内容があまりにも酷似していたこと、また「鐘」という曲の重厚さに圧倒され、ショックを受けました。そのため演技の内容があまり頭に入らず、かなり悲観的に考えたのです。

確かにジャンプが決まらないと演技全体の「見栄え」は悪くなります。インパクトも薄れる、それは確かでしょう。
ですが冷静に見て、実際彼女はそんなに言われるほどのひどい演技をしていたのでしょうか。





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正直なところ私個人的には、仮面舞踏会は音楽のアレンジからもっとガラッと感じを変えてくることを期待していました。
初めてフランス杯でSPとなった「仮面」を見たとき、衣装は確かに華やかなものでしたが、内容的には「ほぼ同じ」と感じた方は多かったのではないでしょうか。曲調も昨季より軽いフルートバージョンを使用すると言われていましたが、フタをあけてみれば去年と演奏は同じ重厚なもので、その響きは昨季の圧倒的なフリーの印象が色濃く残っていました。

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また「鐘」は想像以上に重厚さ、荘厳さのインパクトが大きかった。
去年も「仮面」を初めて聴いた時に「重い」と感じはしましたがワルツの一定のテンポがリズムやスピード感を生んでいたのに比べ、今回はどこまでも沈み込む感じがしたのです。
私は五輪という特別な舞台では、例えば高橋大輔選手の今季のフリー「道」のようなドラマチックな曲のほうがいいような気がしていたのでちょっと心配になったというのが第一印象でした。
去年と同じ曲ではジャッジに「二番煎じ」という印象を与えないかとか、「鐘」はあまりにも重厚すぎるのでは、とか。それはネガティブな報道のしかたによる「刷り込み」もあったように思います。

マスコミは彼女が15歳でグランプリファイナル優勝を果たしてからずっと、彼女には優勝しか許さないという姿勢をとり続けてきました。優勝でなければたとえ2位や3位という表彰台に乗る成績であっても「失敗」とし、「~位に終わりました」と言う報じ方をしてきました。
確かに彼女は常に優勝の最有力候補となる選手ですから優勝を期待される立場ではありますが、特に今季はフランス杯は2位だったのにすごい書かれよう(キム選手のなりふり構わない振り切った点数との対比が更に報道を加速させた)だったし、ロシア杯5位は確かに彼女にはそぐわない順位だったけれども、期待が大きいがゆえの落胆はあるにせよ、そのあまりのヒステリックな報じ方は報道を見る側に「不調」という印象、イメージを植えつけるには充分だったように思います。まあジャンプが決まっていないし、決まらなければ得点は出ないので、仕方ない面はありますけれど。

一方オリンピックイヤーを迎えた今年、彼女の出演するCMが目立ちます。
伊藤ハム、トレーニング契約をしているウィダー、日本生命、王子製紙ネピア、花王アジエンス、OLYMPUS・・・きちんと調べていませんが今挙げた中で今年増えたのは実は日本生命くらいで、その他の企業は複数年CM契約をしていますが、今年は特に目に付くように思えます。

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ところがフランス杯終了後、今季たった一試合終わっただけの段階であったにも拘らず、「優勝できなかった」というだけの理由で、2位となった彼女をある野球解説者は「副業のやりすぎ」と批判しました。その影響があったかどうかはわかりませんが、一部の掲示板からも「成績を収めてからCMに出るべきでは」という声があがり始めています。私の懸念がほんの少し顔を出してきたともいえます。

しかし浅田選手は、今まで最高レベルの成績を収め続けているからこそCMのオファーがきているのではないでしょうか。
活躍していない選手、顧客層を惹きつける輝きを持たない選手をCMに出演させても効果は望めません。それに彼女は今までも複数のCMに出演しながらも日本選手ではダントツの結果をだしてきているし、シーズン中にCMを撮ったわけではありません。オフシーズン、練習の負担にならないよう調整をしながら撮影を行っているのです。
フィギュアスケート選手でいるためにはお金がかかります。リンク使用料、靴や衣装代、遠征代、コーチへの謝金。また遠征時にはコーチの旅費まで選手が負担するというおかしな慣例も続いています(何故スケート連盟から出せないのかが非常に疑問)。
浅田選手などのトップ選手は強化費が出ていますが、靴一足にしても20~30万円くらいする。しかもひと月ほどで履き潰すといいますから、年間の総支出は想像以上の額になるでしょう。
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彼らはプロではないのです。連盟から出ない以上自分達で稼いだり寄付を募ったりするのは当然のことです。
それにまだシーズンは終わっていないし、結果論でなら文句はいくらでも言える。浅田選手やブレーンが今季になって突然スケートの負担になるほど仕事を受けるようになったとも思えません。そういう意味での刷り込みというか間違った啓蒙みたいなものが起こっているようにも思えます。


こういう刷り込みは、これまでの実績がそうさせるにしても浅田選手には酷な面があるなあと思います。ニュース番組でも転倒場面を繰り返し流したりして、もう応援したいのかそうでないのかわからず「今季の浅田はダメ」というふうに洗脳したいのか、とすら思うときがあります(笑)。
でも、彼女はそんなに今季「ボロボロ」なんでしょうか。トリプルアクセルは確かに成功率が去年より落ちていますが、他の演技は圧倒的な存在感を見せています。
またジャッジの評価的にも決して悪くはありません。、ジャンプ以外の、滑りそのものや表現に対する評価は比較的高くつけられているのです。


ということで、仮に「ノーミスならどのくらい印象が変わるか、どういう評価を下せるか」という意味で、ファンの方が編集した「ノーミスバージョン」の動画をご紹介したいと思います。SP、フリーともにフランス杯のものです。
この動画では、ジャンプミスの部分が編集されて、ミスしなかったことになっています(笑)。
本当は私自身こういう動画はある意味「邪道」だと思ってはいるのですが、彼女の評判の悪い(笑)今季のプログラムを客観的に見てみる意味でとてもよい教材になりました。

そして、私自身冷静になって実際に見てみると、これはSP、フリーともにものすごいプログラムでした。


Mao Asada 2009 Trophee Eric Bompard SP - Waltz Masquerade


なんでしょうか、SPだというのにこの濃さ。
最初見たときに、昨季のフリーと「ほぼ同じ」と感じてちょっとがっかりしたと書きましたが、冷静になってみると「鬼プロ」と言われたあの仮面舞踏会をSPに持ってきたという時点で既にものすごいことだとわかります。
SPは2分50秒、フリーは4分ですが、今季のSPはフリーと「ほぼ同じ」の見ごたえがあるものといえます。
更に彼女はSP必須の要素であるコンビネーションジャンプを、3A-2T(ダブルトウループ)にしてきているのです。これはフィギュアの歴史の中でも彼女しかやっていません。4月の国別対抗戦で初めて試み、成功させたものです。
確かにマスコミの煽りはひどいけれど、浅田選手が毎回常に我々の予想を超えた成長をしてきており、成功させるまでの苦労を決して見せないので、彼女がどれだけ凄いことに挑戦しているのかということに我々は鈍くなってきているのかもしれません。

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女子でSPで3Aからのコンビネーションジャンプ、誰よりも長いステップ、休みのないプログラム。全日本ではSP、フリーともにもう少し余裕を持たせるということですが、それでも選手の中で一番難易度と内容で群を抜いたプログラムであることは間違いないでしょう。
また、以前も書きましたが、ステップの後半で彼女が優雅に微笑んでいるのがわかります。「初めて舞踏会に来たときの高揚感を表現したい」と話していた彼女の意図が伝わってきます。ダブルアクセルを跳んで着地した時に両手を上に挙げる振付もかっこいいですね。
演技終盤のステップで観客から歓声が起こっています。昨季のフリーを知っているからこその「待ってました!」という感じの歓声です。昨季のプログラムを(アレンジして)滑る、というのはこういうところではメリットはあるのかなとも感じられます。
しかし素人目にも、すごい体力ですね。SPとはいえ最後まで体のキレが衰えず、スピードも落ちません。
浅田選手はスピードがない、という方もいますが、私は彼女にスピード不足を感じたことはあまりありません。彼女くらい密度の濃い要素をしっかりこなそうとすればスピードをあまりに上げてしまうと入りきらないし、他選手と比べても遅いとは思わないんですが、詳しい方が見ると違うのでしょうかね?キム選手との比較かもしれませんが、やってること(の濃さ)が全く違うので、スピードだけを取り上げて優劣はつけられないと思います。
更に言えば、キム選手って言われるほどスピードはない気がします。最初の3-3はキレのよさを感じますが、その後はスパイラルやステップにしてもそんなにスピードがあるとは思えないのですが・・・まあこれは本筋からそれるのでここまでに。


一方、フリーの「鐘」については、ノーミスバージョンを見て浅田選手の目指しているものが想像もつかない高みであることに愕然としました。5年以上ファンをやっているのに(やってるからこそ?)ショックで目が見えなくなっていた自分は反省しないといけない。
重いと思っていた曲も、冷静になって見ると彼女はしっかり表現できています。3Aを決められなかったショックで自分はどれだけ動揺していたんでしょうか(笑)
これを五輪でしっかり滑り切れたら、本当に鳥肌モノになると確信します。間違いなく五輪における伝説的な演技になるでしょう。

*次の動画は、可能ならなるべく大きな音で見ていただきたいと思います。

Mao Asada 2009 Trophee Eric Bompard FP- The Bells

去年の仮面舞踏会同様、頭の中で曲がループしはじめています。そしてこの演技は何度も見たくなりますね。
自分の目は本当に節穴だったと痛感した動画です。
印象的な振付が多く、ステップも非常に伸びていて、プログラムが進むにつれて目が離せなくなります。見ていると自分がぐーっと集中していくのがわかるというか、何度見てものめりこんでしまう。
フィギュアはTVでやっていれば見る程度で全く詳しくない姉でさえも、このフランス杯の演技をTVで見て「(ミスはあっても)真央ちゃんは本当の意味で『演技』といえるものをしている」と言っていました。

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この動画を見ると、彼女がどういう挑戦をしているのかがはっきりと見えてきます。

本当の意味で音楽を表現すること。
体全体で演技すること。
高難度のジャンプ構成を成功させること。
エッジの深いステップを踏みながら、かつ「踊り、振り」を成立させること。
トータルで「作品」として魅せられるものを作ること。

曲の助けを借りず、自分の演技を前面に出した上で曲を際立たせる演技をし、かつ高い技術と芸術性を両立させること。それが彼女のゴールなのではないでしょうか。
そしてこのプログラムを見ると、彼女からジャッジや見るものに対しての
「本当のフィギュアスケートとは何か、芸術性とは、表現とは何か」という本質的な問いを真正面からぶつけられているような気がしてならないのです。


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今のところ彼女のプログラムはSPは「(エキシビジョンである)カプリースの方が良い」、フリーは「真央ちゃんには合わない」ということになっています。
ですが私は今はそうは思いません。
確かに繊細な演技、「アジエンス」のCMで見せたような妖精のような身のこなしは彼女の大きな魅力です。ですが彼女はその固定観念とも思えるようなイメージを打ち破ることを選び、そして成功していると思います。それでも彼女は繊細さを失ってはいない。たおやかな強さという新たに演技者として幅を持たせることができたと思っています。
そして「重すぎる、暗すぎる」と思っていた「鐘」は、充分ドラマチックなプログラムになり得ます。
「仮面」より更にスルメ的な味わいが増し、見れば見るほど、聴けば聴くほど引き込まれるプログラム。やはりタラソワと浅田真央のタッグで、しかも五輪シーズンですものね。このプログラムが真に広く評価されるのはこれからだと思います。

今年の全日本、そしてオリンピックで、是非雑音を黙らせて欲しい。
去年「仮面舞踏会」への否定的な意見をNHK杯の優勝で見事に消したように、私たちをいい意味であっと言わせてほしいと思います。
もう彼女はトリプルアクセルだけの選手ではないと(とっくにないんだけど)、日本はもちろん、全世界にアピールして欲しい。
ジャンプだけでしか演技を見ず、表情でしか表現力を測れないようなコメンテーターやマスメディアに対して強烈なパンチを見舞って欲しい。
彼女にはそれができる。
頑張れ。

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by toramomo0926 | 2009-12-18 10:15 | フィギュアスケート


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