男子シングル終了・4回転論争は続く-バンクーバー五輪
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バンクーバー五輪、フィギュアスケート男子シングルが終了。優勝はエヴァン・ライサチェク選手(アメリカ)、2位にトリノ五輪以来の復帰となったエフゲニー・プルシェンコ選手(ロシア)、そして高橋大輔選手が、日本人男子で初めてフィギュアスケートのメダルを獲得しました。本当に本当に本当におめでとうございます!!!!

書いていると長くなりそうなので日本選手と海外の選手に分けて書いていこうと思います。まずは海外の選手から。

Vancouver Olympic Games Figure Skating Men Results
公式サイト。順位と得点の詳細。
選手名の行の右端にある「+」マークをクリックすると、細かい要素についての点数も確認できます。



金メダリストはショートプログラム(SP)・フリーと完璧な演技をしたエヴァン・ライサチェク選手。強かったですね!本当に、本当におめでとうございます!!!
b0038294_21524011.jpg彼は昨年から安定度が素晴らしいですね。動きにキレがあり、全てが美しかった。こういうのが本当の意味で「全体の質を高めた演技」というものですよね。4回転は跳ばなかったけれどもジャンプの前にスパイラルのポジションを入れたりして、細かいところで点数が取れる難易度の高い構成をしていました。

彼は、今大会は開幕前から「4回転は跳ばない」という宣言をしていました。
以前は「スポーツなのだから」と4回転については取り組むべきという立場だったと思うのですが、いつどのように方針、または考え方が変わったのかというのは興味があります。
・・・と思っていたら、翌日の新聞に去年の足の故障の影響があったとの記事が。あの去年の世界選手権で神演技をした時、実は足を疲労骨折していたとのこと、びっくりしました。シーズンが終わったら、しっかり体を休めて欲しいと思います。


また、4回転回避が完全な安全策でノープレッシャーかというと、実はそうでもないんですね。実況の方が、「4回転を回避した選手は、挑戦する選手よりも負担が軽くなる分、全ての要素を完璧に決めなければならないというプレッシャーがある」と話していましたが、なるほどと思いました。
回避して質を上げて点を稼ぐという作戦ですが、そこで失敗してしまうとかなり順位は低くなってしまう、ということですね。確かにそういうプレッシャーはあるのかもしれません。

ですが、やはり4回転を跳ぶ、または跳んで失敗するというリスクやプレッシャーとは違うものだとは思います。
今回4回転をプログラムに入れた選手達も、3回転までで良いということならパフォーマンスの質は更に高かったはずです。
そう考えると、彼や彼の演技は大好きなのだけど、ちょっと複雑な思いがよぎるというのが正直な思いです。
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そもそも「4回転論争」みたいなものが起こったのは2007-2008年の世界選手権からだったと思いますが、この問題がここまでこじれてしまったのは、2008-2009シーズンの「回転不足認定」の導入だと思います。

例えば4回転ジャンプに挑戦して回転不足認定されたら4回転の基礎点から出来栄えを減点すればいいものを、このルールではなぜか4回転回転不足を取られると、3回転の基礎点から更に出来栄えで減点、といういわゆる「二重減点」を取られて点が殆ど取れなくなってしまう。そして何故そもそも挑戦しようとしたジャンプの基礎点から減点しようとしないのかという理由は私が知る限り公にはなっていないと思います。
このような筋の通らない不可思議なルールが出来たおかげで選手の挑戦しようという意欲は奪われ、本当にその選手ができる技よりもレベルを下げた構成を組む選手がものすごく増えました。受験で言えば「滑り止め」ばかり受けるみたいな感じ。ブライアン・ジュベール選手の言葉を借りれば「試合では限界への挑戦が重要。なのに今は点数の計算ばかり。これにはがっかりです」ということになってしまっています。

回転不足認定が二重減点なしで制定・運用されていれば、4回転に挑戦する選手と回避して全体の質を上げる選手というコントラストがもっと健全な形で共生できて、どちらがいいとか悪いとかいうこと無しにそれぞれがお互いの「スタイル」という形で成立し、今回のオリンピックが、ひいてはフィギュアスケートが更に見応えのあるものになったかもしれません。それを考えると残念です。

ライサチェク選手の演技は金メダルに相応しい、本当に素晴らしいものでした。彼がこの4年間ずっと頑張ってきて、それがここ2年でついに実を結び結果が出てきていることは本当に素晴らしいことだと思うし、大好きな選手でもあります。なので彼の優勝を心から祝う気持ちはあるのですが、プルシェンコ選手の復帰がもたらした4回転へ取り組む選手が増えた流れが再び変わり、誰も彼もが守りに入るような、そしてそういう選手ばかりが点を稼いで勝ってしまうような状況になるのもちょっと心配な気もしています。
ですがプルシェンコ選手に下馬評通り優勝されてしまうと、4年間頑張ってきた選手達がものすごい無力感に苛まれることになったかもしれず、現役で頑張ってきた気概を見せた感じでしたね。

ともあれ、ライサチェク選手、本当におめでとうございます。世界王者と五輪金メダリストというスケーターとしてはこれ以上ない名誉を手にしましたが、これからも素晴らしい演技を、情熱を見せてほしいと思っています。
4回転を入れようが入れまいが、あの別次元の緊張を迫られる大舞台でSPとフリーどちらも会心の演技をやり遂げるという精神力は素晴らしかったです。


2位はトリノ五輪からの復帰組、エフゲニー・プルシェンコ選手(ロシア)。
今季男子フィギュアはかなり濃い、ものすごく面白い戦いになったと思いますが、彼は良くも悪くも常にその中心にいますね。
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ただ、今回絶好調ではありませんでしたね。いつもの超人的な安定感は少し感じられず、ジャンプの着地が乱れたり、流れがなく詰まったりする場面が目立ちました。
また、スピンやステップなどの演技構成要素も他の上位選手と比べると若干見劣りすると言うか、私の好みに合わないだけかもしれませんが、あまり見応えは感じられませんでした。「技と技のつなぎ(トランジション)」の点が他と比べて極端に低いというのも理解できるような気がします。


3位、銅メダルに高橋大輔選手!!日本人初の男子フィギュアの五輪メダリストが誕生しました。
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おめでとうございます!次の記事で詳しく書きます。


4位はステファン・ランビエール選手(スイス)。彼も2007-2008年のシーズン以来の復帰組です。
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欧州選手権で見たときは、私個人的には表彰台に乗るような演技に思えなかったというか、ランビエールという名前が得点に大きく影響したのではないかとちょっと思うくらいの感じでしたが、今大会のSPは結構よかったですね。SPでダブルアクセル(2A)を跳んだのにはびっくりしましたが(笑)。
特に最後の時間をたっぷりとったスピンは爪先が固定されているかのように全く動かず、小さく速く円を描いて回り続ける素晴らしいものでした。シビれました。

ですがフリーはSPに比べて元気がない感じでした。最初の4回転トウループ(4T)はすごく高かったのですが、高すぎたのか着地で踏ん張りきれず手をついてしまいました。
彼の一番の魅力ともいっていいスピンもSPよりは精彩がなく、トラベリング(同じところで回り続けることが出来ず、らせんを描くように位置が少しずつ移動してしまうこと)もみられました。
なんだか全体的に最初から疲れてるように見え、動きが悪いように見えました。
怪我が原因で引退し、理学療法を重ねて「痛みと付き合っていけるようになった」のが復帰の理由ということでしたが、SPでは問題なくてもフリーのように長丁場になると体が辛いのかもしれませんね。
私は彼のスピンが大好きです。ポジションが独創的で、彼だけのポジションというものがある。また、あんなに速くレイバックを回れる男子選手はいないでしょうね。
プルシェンコ選手もランビエール選手も、来季も競技を続けるのか、それとも五輪だけの期間限定の復帰なのかはまだわかりませんが、怪我(の悪化)に気をつけて、どんな形でもまだまだ演技を私たちに見せてほしいと思います。
お疲れ様でした。



5位は地元のパトリック・チャン選手(カナダ)。
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彼は今シーズン怪我のためにグランプリシリーズをスキップしています。その影響があるのかどうか、全体的にジャンプは着地が以前のようにスムーズではなく、こらえるけれど不安定でしたね。
ただ、スケーティングはやはりすごく滑らか。ですが昨年から苦しんでいるトリプルアクセル(3A)で転倒してしまいました。
体調が万全でないのかもしれないので仕方ないという面はありますが、最初見たときのような「この子、凄い」という感じではなかったですね。フリーの曲は「オペラ座の怪人」だったのですが、曲がドラマチックなのに淡々と滑っている印象で、曲と最後まで一体化できない感じがありました。
五輪シーズンでの怪我に加え、地元開催のプレッシャーというのは相当なものがあったと思います。まだ彼も19歳(19歳なんですよね、あんなに老練に滑るのに)だし若いので、これが良い経験になると思います。


ジョニー・ウィアー選手(アメリカ)が6位。
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素晴らしかった。素晴らしかったのに。なぜ?
なぜ、いつもジョニ子は点が伸びないのでしょう?
点が出たとき、会場からブーイングも一部聞こえたような気がしました。
彼くらい見た目と点数の乖離がある選手もあまりいないように思います。ですが一方で「彼はここを直せば点が上がるのに」という意見をあまり目にすることはありません。
点だけが単純につかないんですよね。何かすごくマニアックなところで取りこぼしがあるんでしょうか・・・。
彼はずっとライサチェク選手と競い合って競技を続けてきましたが、昨年からライサチェク選手が大躍進したことで、ちょっと水をあけられてしまった感があります。思うように点が出ない悔しさは絶対にあると思いますがファンは彼の滑りを愛していますし、点取りに固執するよりも表現者としてのスケートを追求していく、という生き方も彼には似合うような気がします。


五輪でメダル争いに加わることが確実視されていながら、女神に愛されなかった選手もいました。

ジェレミー・アボット選手はSPでジャンプが殆ど決まらず大きく出遅れ、フリーでもよい演技が出来ませんでした。総合9位。
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彼、体調が悪かったのでしょうか?と思うほど顔色というか顔つきがいつもと違う感じがしました。
いつもは最初の4Tは失敗しても、他のジャンプは美しく決め、また質の高いスケーティングで巻き返す、という気迫というか集中力があるのに、今回はジャンプやスピン、ステップなど全てにおいて動きにキレやメリハリがなく、辛そうで重そうでした。2Aさえもオーバーターンしていましたし。
全米選手権2連覇で乗り込んできたからには、周囲も本人もメダルは射程圏内に入っていたはずです。彼も「こんなはずではない」と思っていることでしょう。何かひとつ歯車が狂ってしまったんでしょうね。
体調が悪いならしっかり直して、また美しく品のよい滑りを見せてほしいと思います。


そして今回何より驚いたのは、ブライアン・ジュベール選手(フランス)がSPで崩壊したことです。
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彼は金メダル候補最有力の一人でした。プルシェンコ選手がトリノで引退した後、男子4回転の流れをずっと守ってきたのは彼です。先日彼を取り上げたNHKスペシャル(ジュベール選手の4回転のメカニズムを解明したもの)を見ましたが、彼の4回転ジャンプは毎回ほぼ同じ角度で跳びあがっているという驚くべき精度がありました。
それなのに、SPの4回転でステップアウトしてしまい、次の単発ジャンプでは体の軸が思い切り斜めというか横くらいになってしまい、転倒してしまいました。

私はSPもフリーも仕事のためリアルタイムで演技を見ることができなかったのですが、順位の速報を見たとき、ジュベール選手の名前が上位どころか10位以内にも見当たらないことにかなり驚きました。「一体どうしたんだ」と思ったら、こんなことになっていたなんて・・・。
SPは2分50秒ですが、彼にとってはフリー以上に長く感じられたかもしれません。
彼とプルシェンコ選手とガチンコの4回転対決が見たかった。彼もしばらく眠れない日が続くかもしれませんが、少し休んでもいいからスケートへの気持ちを切らすことなく、また元気な姿を見せて欲しいと思います。


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このように波乱もありつつ多いに盛り上がった男子フィギュア。そして四回転論争というのがファンだけでなく一般の方にも多少認知されたのではないかと思います。ライサチェク選手が勝ったことで、どういう流れに今後なっていくのか注目です。
先ほど「すぽると!」を見ていたら、ライサチェク選手とプルシェンコ選手が試合後もそれぞれのコメントで火花を散らしていたということが紹介されていました。興味深かったので、要旨を書いてみます。

ライサチェク選手のコメント:
「これがジャンプだけの競技なら、10秒もらってジャンプだけに集中すればいい。
フィギュアはそんな競技じゃない。(高橋)大輔の滑りを見てもわかるだろう。
ジャンプだけが全てじゃないんだ。それがこのスポーツの素晴らしさなんだ」


プルシェンコ選手のコメント:
「これが4年前とは違う新しいジャッジの仕方なんだろう。
4回転を跳ばなくても勝てるなら、僕も次の試合から跳ばないよ。
フィギュア界が4回転を重要視しないなら、僕達は4回転への挑戦を止めたほうがいい」
「五輪王者が4回転の跳び方を知らないのなら、種目名をアイスダンスにすればいい」


うーん、すごいですね。
でも私の意見としては、どっちもアリです。コメントの内容に全面的に賛成というわけではないけれど、どちらの主張も、本質的には正しいことを言っていると思います。
ライサチェク選手の「ジャンプだけがフィギュアじゃない」も賛成だし、今回のコメントではないけど、「4回転には男子フィギュアの未来(発展)がかかっている」と言うプルシェンコ選手の意見にも賛成。
これが二重減点がなければ、話はもっとシンプルだと思うんですけどね・・・。
あと、プルシェンコ選手がジャンプだけは宇宙人と呼ばれるほどに凄いけど、あとは結構粗いというものすごく極端なタイプだというのも原因かも(笑)
4回転を成功させれば自動的に優勝、というミもフタもない状態になってしまうと「フィギュアはそんな競技じゃない」ということになってしまうけれど、「4回転の挑戦を止め」て守りにばかり入ってしまえば、10年前も10年先も全く同じレベルの演技ということにも(極端な話)なりかねず、それでは競技としては死んでしまう。

私自身はライサチェク選手のコメントにあった「ダイスケの滑りを見てもわかるだろう (“・・・just some watching Daisuke's now, such an amazing skater, ・・・” と言ってたと思う(笑)」という言葉が日本人として嬉しかったんですが、確かにライサチェク選手とプルシェンコ選手の意見をミックスした理想形が高橋大輔選手なのではないか、とちょっと思いました。
怪我をする前は、高橋選手はフリーで4回転を2回成功させることが出来ていました。今の彼の滑りや表現の素晴らしさに、2年前の体力とジャンプの勘が戻れば、彼は男子フィギュアスケーターの理想形となれるのではないか、と2人のコメントを聞いていて思いました。


選手の皆さん、素晴らしい戦いをありがとうございました。本当にお疲れ様でした。
次の記事で、日本人3選手について書きたいと思います。↓

高橋大輔選手銅メダル&日本選手全員入賞の快挙-バンクーバー五輪  2010年2月20日


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by toramomo0926 | 2010-02-19 18:55 | フィギュアスケート


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