浅田真央選手20歳おめでとう! -写真特集:シニア編(2005-2008)
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こちらでは、シニアデビューした2005-2006シーズン(15歳)からの写真と動画を。





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Mao Asada Grand Prix Final SP

このシーズンで彼女はシニアに鮮烈デビュー。初戦の中国杯で2位、2戦目のフランス杯ではのちのトリノ五輪金メダリストの荒川静香さん、銀メダリストのサーシャ・コーエン選手を抑えて優勝してしまいます。
そしてこのグランプリファイナルで、当時絶対的な強さを誇っていたイリーナ・スルツカヤ選手を抑えて初出場、そして史上最年少の15歳での初優勝となりました。
この試合が真央選手をフィギュアファン以外にも強烈に認知させ、大ブレイクを果たしました。
解説は伊藤みどりさん。

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Mao Asada 2005 Grand Prix Final FS -Nutcracker

このプログラムのインパクトは非常大きかった。そして真央選手の笑顔のはじける演技、キス&クライでの無邪気な様子に心を奪われた人は多く、「浅田真央」の名前が一気に全国区になった瞬間でした。
それまで安藤美姫選手もアイドル的人気を誇っていましたが、この真央選手のグランプリファイナル優勝から現在の日本のフィギュアブームというのが始まったといえると思います。
このプログラムのかわいらしい振り付けがそのまま真央選手のイメージを決定づけ、人気に火が付いたということはありましたが、またそれがその後の彼女の演技について「浅田真央=子供っぽい」という「前提」ともいえる先入観をを長い間持たせたともいえます。
あまりのインパクトに、その後の真央選手の進化に一般(ファン以外)の方やマスコミがついていけなかったという弊害まで生みました。
「くるみ割り人形」は彼女を大きく押し上げたプログラムではありましたが、一方でこの時のイメージでしか彼女を語ろうとしない一部のマスコミというものにも悩まされることになるという、諸刃の刃というプログラムでもありました。
五輪に出場する、しないという論議を巻き起こしたこともあり、それだけ彼女の出現がものすごい爆発力があったということでもありますね。

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Mao Asada 2005 Grand Prix Final EX -Over The Rainbow

2004-2005シーズンのSPと同じ「Over The Rainbow」
この時、真央選手の姿勢の良さがすごく印象に残りました。姿勢が良いから、すべてのポジションがさらに美しく見えるんだなーと見ていた記憶があります。

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中京大中京高校に入学。

2006-2007年。ずっとついていた山田満知子コーチを離れ、アメリカのラファエル・アルトゥニアンコーチに師事。

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ここからコーチ探しの長い旅が始まるとは思ってもみませんでした。

ずっとラファエルについていたら、今真央選手はどうなっていたのだろう?と思う時がありますが、それでも限界があったかもしれませんね。
ラファエルの勧めでこのシーズンに挑戦した「ステップ+トリプルアクセル(3A)」も、成功させはしたものの、後日真央選手は「なにかプラスになったかと言えばわからない」と話していましたし。
とはいえラファエルは素晴らしい指導者だと思います。真央選手を常に励まし、常に自信を与えるような言葉をかけてくれていたように思います。
桁外れの実績を引っ提げてのシニア参戦だったとはいえ、16歳の、ジュニア上がりの選手だった真央選手に対し、立派なシニアのトップスケーターとして敬意をもって接してくれている様子が感じられました。
シーズン途中で師弟関係を解消することになってしまいましたが、真央選手にとってもラファエルにとっても、いろんな意味でタイミングが悪かったんでしょうね。
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けれど、もしラファエルにずーっとついていたらタラソワ師事はなかったともし仮定すれば、私個人的には今の状況でよかったと思います。真央選手は他の選手がしなくてもいい苦労を必要以上にすることになってしまったとも思いますが、それでもタラソワの指導で真央選手がどれだけ演技に芸術性と美しさ、激しさ、強さが身についたかを考えれば、もう答えは出ています。
「鐘」はこの世に生まれていなかったかもしれないんですよ。それはあまりにもったいないし、真央選手は「子供っぽい」というレッテルを未だに払拭できていなかった可能性の方が高いからです。
ですが、それと引き換えにジャンプを見てくれるコーチがいなくなり、真央選手を狙い撃ちにした度重なるルール変更も相まって、真央選手がジャンプの調整に苦労するようになってしまったのは残念なのですが。

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Mao Asada 2006 Skate America SP- Nocturne

このプログラムは、その後の真央選手のフィギュアスケーターとしてのタイプ、方向性を決定づけたと思っています。
真央選手を「Ballerina On Ice(氷上のバレリーナ)」と評する人を最近目にしますが、確かにこの頃から既に、真央選手の演技スタイルとバレエには共通点を見出すことができます。
このシーズンから真央選手は「表現力に課題あり」と延々と言われ続けることになるわけですが、私は、このピアノ一本の演奏の曲をここまで魅せることができているのを見て、これが表現力じゃなくてなんなの?と思っていました。確かに幼さの残る演技ではありますが、きちんと一つの世界、静謐な空気を作り出すことに成功しています。

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初出場の世界選手権で銀メダル。

Mao Asada 2007 World Championship FS -Czardas

ステップからの3Aという男子並みの高難度ジャンプに成功(両足着氷ながらも認定)。このころから真央選手のプログラムに「男子並み」という冠言葉が付くようになってきました。
フィニッシュの時の客席の爆発的な歓声は本当に忘れられません。
真央選手としてはこのプログラムは「最後までしっくりこなかった」と満足していないようですが、見ている方は熱狂しました。
客席の外国人の団体さんもすごく笑顔で真っ先にスタンディングオベーションしてくれているのも嬉しかったです。

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Mao Asada 2007 World Championship EX -Habanera

2004年のEXと曲と衣装もほぼ同じです。こういう風にEXのプログラムを復活させる選手も珍しい気がしますが、これはこれで面白いですね。スピンやスパイラルの伸びやかさがいいです。


そして、TVやCMへの出演もこのころから増えた気がします。

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チャラい頃の(笑)高橋大輔選手とNHKに出演。この着物は本当によく似合っていましたね。

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「エアロリンク」オープニングイベント。

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さて、この翌シーズン、2007-2008シーズンより真央選手は劇的に変化したと思います。
年齢も17歳といわゆる「お年頃」(笑)になり、またタチアナ・タラソワコーチの指導を経験しSP「ラベンダー」に取り組んでから、これまでの軽やかさに加えてぐっと女性らしい、品のある滑りに変貌しました。
ただ、このシーズンは真央選手にとって激動でした。
練習拠点を日本に戻し、シーズン途中でラファエル・アルトゥニアンコーチとの突然の師弟関係解消がありました。世界選手権はコーチなしという異例の出場、また世界選手権直前での足の故障、本番ではフリーで3Aの踏切に失敗し転倒という大きなアクシデントに見舞われながらも集中力を切らさず見事優勝。
世界選手権直後は真央選手に「精神力」という言葉が添えられることが多くなりました。

また、思うような成績が残せない時や、ここぞという時に衣装を変えるということを始めたのもこの年からですね。このシーズンは衣装変更が多かった・・・(笑)それだけ精神的にタフなシーズンだったということでしょう。
これが初代コスチューム。

SP(ラベンダーの咲く庭で)。
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ステップに「鳥!!」(by真央選手)というポーズがあるためか、鳥や翼のイメージを感じさせる衣装。これも人気は高かったです。
真央選手の衣装はいつもすごくデザインも色遣いも上品で好きです。


フリー(幻想即興曲)。
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落ち着いた色味ですがかわいらしさもあります。オードリー・ヘップバーンの「マイ・フェア・レディ」のあの有名なドレスを連想した人も多かったようです(私も)。
このシーズンは最初の頃と翌年3月のワールドの頃では、体つきがかなり変わっていましたね。
このころはまだ幼い感じながらそれでも前シーズンより体つきが大人になったなと思っていたのですが、1月の四大陸の頃には更にすんなりとした、華奢でしなやかな体型に変わっていました。


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SPのコンビネーションジャンプの失敗に苦しんだため、SPだけでこのシーズンは3回衣装を変えています。
これが2代目、全日本の時だけしか着ませんでした。しかし衣装チェンジはよい影響があったのか、この時初めてコンビネーションを成功させます。
後日、この衣装は実は舞選手のものを強奪した(笑)ものだったことが判明。
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四大陸選手権では、SPとフリー、どちらも衣装をチェンジ。
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これがSP。この衣装とても好きでした。

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これがフリー。前の「マイ・フェア・レディ」的な衣装もかわいかったけど、これは氷にすごくよく映えてかわいかった。

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Mao Asada 2008 World Championship SP -Fantasy for Violin Orchestra

ESPNのディック・バトン爺&ペギー・フレミング解説。
このプログラムは、真央選手のSPの中で私が最も好きなもののひとつです。


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世界選手権では、四大陸の衣装で、ラインストーンを減らしたものを着ていました。
演技終了後、3A転倒を残念がる真央選手。


Mao Asada 2008 World Championship FS -Faitaisie Impromptu

確かにあの転倒は演技中断してもおかしくなかった。ナイスファイトでつかんだ世界女王の座でした。


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世界選手権優勝、ついに世界女王に。

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Mao Asada 2008 World Championship EX -So Deep Is The Nght

British Eurosportの解説者に「I can watch her all day.(僕は一日中でも彼女を見ていられるね)」と言われてます。
それにしても、真央選手のみならず、こういう動画サイトも進化が目覚ましいですね(笑)2年前でこんなに画質悪かったんですね・・・。



長くなったので、更に続きます・・・。
by toramomo0926 | 2010-09-24 14:23 | フィギュアスケート


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