男子はパトリック・チャン選手がショートプログラム(SP)4位から逆転で優勝、織田信成選手もSPでは完璧な演技で1位となり、総合2位。順位以上に、これまでずっと回避していた試合での4回転を決めての表彰台というのは大きいと思います。3位にはアダム・リッポン選手が入りました。 ISU Grand Prix 2010 Skate Canada International 順位と得点詳細。 各種目の「Result」でそれぞれの種目の総合順位と総合得点が、 「Entries/Result Details」ではショートプログラム(SP)とフリーそれぞれの得点詳細が、 「Judges Score」ではSP/フリーで各選手の全ての要素の内容と、それにジャッジがどのように得点をつけたかを見ることができます。 優勝は地元カナダのパトリック・チャン選手。 ですが、私はこの結果はちょっと腑に落ちません。 何故なら、今回の演技は、特にSPにおいて、彼にとってシニアでもワーストに近い出来だったと思うからです。 Patrick Chan 2010 Skate Canada SP -Take5 彼はSPで、ジャンプで2度、そしてステップの途中で1度、計3度も転倒しているのです。 普通はSPはいかにミスをしないかが重要で、一度でも転べば優勝争いから大きく後退します。SPは演技時間が短く入れられる要素の数も少ないため、一つのミスの影響はフリーよりもずっと大きい。特に配点の高いジャンプの失敗は致命的と言われており、SPではジャンプ要素は3種類と決まっていますがチャン選手は3種類中コンビネーションジャンプ以外の2つのジャンプを失敗しているので、通常では壊滅的な打撃を受けるはずでした。今年3月の世界選手権で織田信成選手がジャンプを全て失敗し、フリーに進むことすらできなかったのをご記憶の方も多いでしょう。 それにも拘わらず、彼は今季から、自身よりシニアでのキャリアは少ないながらもスケート選手として高いレベルにある選手が多い中でSPで12人中4位という位置に踏みとどまり、フリーでもトリプルアクセル(3A)で転倒したものの、演技構成点(PCS)で大幅に高得点をつけてもらい、SP・フリーともに最小限の失敗に留めた織田信成選手を3点差でかわして優勝しました。 そしてスコアシートを見ると、転倒もあり、フリーでは着氷の乱れがあったりと普段のチャン選手の演技としては目立つミスが多かった(初戦なのでそれは仕方ないと思いますが)のにも拘わらず、技術点(TES)では勿論マイナスされているけれども(通常はジャンプのミスがあるとPCSにも影響が及ぶはずなのですが)、彼のスコアはまるでジャンプの失敗などなかったかのように飛びぬけて高い点がついています。 Elementsの欄には演技要素の略称(例えば4Tは4回転トウループ、など)、 Base Valueはその要素が持つ基礎点、 GOEが出来栄えの加点・減点(最大±3点)、 The Judges Panelはそれぞれのジャッジが個別につけたGOE評価(表示はランダムで国名も明かされない)、 Scores Panelはその要素で得た得点の合計。 下の欄のProgram ComponentsがPCS評価。「スケーティングスキル」「技と技のつなぎ」「演技力」「振り付け」「音楽の表現」の5項目で評価されるため、「ファイブコンポーネンツ」とも呼ばれています。 通常PCSにおいては各要素において7点台がまあ平均点、8点台に行けば「高い」というイメージだったと思いますが、彼には複数9点台がつけられています。初戦で、しかも全くパーフェクトでない演技に、これまで殆ど誰も届くことのなかった9点をつけているんです。 SPなどは、スケーティングスキル(SS)の項目で9.25という驚愕の点数をつけているジャッジもいます。 先週のNHK杯の得点傾向と比べてみても、同じグランプリシリーズの試合というくくりがありながら、2つの試合の得点の出方に全く整合性がありません。 あれだけ転倒し(SSは滑りそのものの質の評価なので、転倒の有無はあまり関係ないのかもしれませんが)、しかもSSが問われるステップで転倒している選手に、採点方法が変わったとはいえ選手のコンディションがピークになる昨季終盤の五輪や世界選手権でも出なかったような点が出ている。 これではジャンプをいくら失敗しても、彼はリンクで滑るだけで高得点は約束されているのと同じ、という状況になります。この演技内容と乖離した、内容に関係なく得点のみが右肩上がりという状況は、昨季のキムヨナ選手の、不正が公然と囁かれた「爆上げ」といわれた得点傾向、状況とあまり変わりません。 地の利があったとしても(そもそも地元選手に点数が甘い、そしてそれが『地の利』という言葉のもとに半ば認められている、というのも私はかねがねヘンな傾向だと思っているのですが)、チャン選手のあの出来でPCSがあれだけついてしまうのでは、技術点できっちり引かれてもあまり意味がありません。 先週のNHK杯では、高橋大輔選手の得点が演技内容よりも高すぎないかという議論がファンの間で起こっていました。 私は高橋選手の演技は本当に素晴らしいと思いましたが、フリーにおいてはあまり心を動かされませんでした。ですが得点は素晴らしい演技をした2位のジェレミー・アボット選手を約20点も引き離したものだったので、高橋選手とアボット選手にそれほどの差があったのか、ということは気になりました。 この件について、フィギュアに関して深く話のできる数少ない(笑)友人たちに意見を仰いでみたのですが、その時に「浅田真央ファン夢日記」の管理人であるアンコウ様とは、選手が良い演技を積み重ねていくことで、ジャッジの中でその選手への「ブランド化」が起こるという話にになりました。 私もそれは感じていました。そしてそれは当然のことだとも思います。良い演技を継続して毎年、毎試合出していくというのは本当に難しいことで、積み重ねていくことでジャッジからのその選手への信頼みたいなものが生まれる。それはわかります。 そしてバンクーバー五輪と世界選手権での高橋選手の演技は、ジャッジへ強烈な印象を与えたと思われます。あの極限の緊張感の中で楽しげに、軽やかに踊り切って見せた高橋選手の自由で解放感溢れた演技はジャッジに強烈な印象と、演技に対する信頼を植え付けたと思います。それ自体はとても良いことですし、高橋選手が努力を重ねてそこまでの域に到達したという証で、素晴らしいことです。 ですが選手とは全く無関係なところで、ジャッジが必要以上に「先入観」ともいえる感情を持って採点するという状況は非常に危険だとも考えます。 評価する側が、「高橋選手が踊れば点数が出る」「チャン選手が滑るだけで8点台が出る」という風になってしまっては、ジャッジが試合毎に得点を付ける意味はなくなってしまい、スポーツとしては歪んだ状況になってしまう。 ジャッジに信頼してもらえるような選手になることも選手にとっては重要な目標のひとつでしょうが、そういう選手の取り組みとは別に、ジャッジには試合ごとにまっさらな気持ちで演技そのものを評価してもらいたいという気持ちがあります。そうでないと今回のように演技内容と点数が乖離してしまったり、逆に言えば素晴らしい演技をしても実績(ジャッジからの信頼)がないために点数が伸びない、という事態が懸念されます。というか、実際にこのような事態は起こっているでしょう。今回2種類の4回転ジャンプを跳んだケヴィン・レイノルズ選手も、やったことの割には点が伸びていません。 五輪後のシーズンということでかなり若手が出場し、顔ぶれがずいぶん変わったグランプリシリーズになっていますが、このような状況で「先入観」を持って採点されると、ある種「えこひいき」ともいえる状況になってしまうと思います。そして最悪の場合「勝たせたい選手を勝たせる」ことが可能になってしまう状況を生み出すことにもつながります。 そしてそのような状況が続けば、その選手についてファンが素直に演技を評価することができなくなってしまうという悲劇的状況も十分ありえます。例えばキムヨナ選手は以前日本で大変人気がありましたが、彼女の得点傾向に辟易して彼女の勝利を実力でのものと思えなくなったという方も多いのではないでしょうか。 また、逆の意味でジャッジが盲目的に採点してしまうようなことになりはしないかという危惧もあります。 例えば浅田真央選手は現在基本に忠実なジャンプを習得しようと頑張っていますが、真央選手にはルッツのエッジエラーを取られ続けてきたという過去があります。そのために、例え真央選手が努力の末リアルルッツを美しく跳べるようになったとしても、ジャッジが「先入観」を持ったまま採点し「浅田真央がルッツを跳ぶ」というだけでエッジエラーを付ける、というようなことです(これは他のエッジエラーを指摘されている選手にも当てはまりますが)。 このような事態を避ける、そして真央選手の評価を必要以上に下げないようにするためには日本スケート連盟が「浅田真央は約2年かけてジャンプを全種類正しいものに修正する計画を実行している」ということをジャッジ達に周知徹底させる動きが非常に重要だと思うのですが、スケ連って本当に何もしないように見えるので、あまり期待はできないので心配です。 チャン選手は滑りも本当に美しく、スピードもあり、技術的に素晴らしいものを持っています。今季フリーについては昨季のプログラムを持ち越しで演技しているようですね。ですが今季は新しい挑戦として、4回転という新しい課題に挑んでいます。 以前は「4回転というのは、ジュベールみたいにあまりスケーティング技術が高くない選手がポイントを埋め合わせるために必要なものだと思うんです」という発言をして物議を醸した彼でしたが、今季はルール改正もあって4回転に積極的に挑戦する選手が増えた、そして今後、レイノルズ選手のようなソチに向けて4回転を跳べる若手がバンバン台頭する状況になることを見越して重い腰を上げたようですね。その彼のチャレンジ精神は応援したいと思います。 ですが彼の演技はだんだん彼そのものの魅力がなくなってきてしまっているのが心配です。 高得点を狙い過ぎているのかどうかわかりませんが、滑りの技術が素晴らしすぎるだけに面白味のない、無機質な「点取り屋」のプログラムになってきているような気がします。音楽に合わせるだけで、音楽を表現してはいないような。 笑顔で滑っていても、演技要素の濃い振り付けをしていても、私には彼の能面のように無表情な顔が透けて見えるような気がしてしまうのです。ドラマチックな音楽に合わせて踊っていても、彼の中では機械的なカウントだけが響いているような。 以前確かに感じられた彼の滑りに乗った情熱や滑る喜びみたいなものが、今の彼からは感じられなくなっているのが気になっています。 Patrick Chan 2010 Skate Canada FS -Selection of Phamtom of the Opera チャン選手が優勝という事実とその得点について、個人的にNHK杯からモヤモヤしていた気持ちとつながるものがありました。そのため先走ってチャン選手についてだけ書いてしまいましたが、まだ動画や写真が出そろっていないので、他の選手については女子と一緒にまとめて書こうと思っています。 <参考リンク> 浅田真央ファン夢日記 (アンコウ様のブログ) 氷上の美しき戦士たち(田村明子著 新書館:Amazon.jp) パトリック・チャン選手がブライアン・ジュベール選手(と4回転)について言及した時の記載があります。 <関連コラム> NHK杯、男子フリー 2010年10月24日 NHK杯、男子SP 2010年10月23日 フィギュアスケーターの名言集:痛快編 2010年10月1日 浅田真央選手、2度目の世界女王に -2010世界選手権 2010年3月28日 高橋大輔選手、日本男子初の世界王者に!!-2010世界選手権 2010年3月26日 高橋大輔選手首位、小塚崇彦選手4位発進!-2010世界選手権 2010年3月25日 印象深い記事-「浅田真央は挑戦した 「金より立派」これだけの理由」 2010年3月13日 エルヴィス・ストイコ氏、4回転論争に吠える 2010年2月22日 男子シングル終了・4回転論争は続く-バンクーバー五輪 2010年2月19日 キムヨナ選手の「世界最高得点」の意味を考える 2009年10月20日 「競技」としてのフィギュアは死んだのか 2009年10月18日
by toramomo0926
| 2010-10-31 08:47
| フィギュアスケート
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