親子V・小塚崇彦「もっと上へ」 -読売新聞記事
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今朝の読売新聞に、小塚崇彦選手とお父様である小塚嗣彦コーチのインタビューが載っていました。
シーズン中とはいえ、ほんとに今のフィギュアの注目度というのは凄いんですね。こんなにしょっちゅうスケーターが紙面を飾る、しかも試合以外で大きく、というのはあまりなかったように思います。




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親子V・小塚崇彦「もっと上へ」

昨年12月のフィギュアスケート全日本男子で初優勝し、来週の四大陸選手権(台湾)、3月の世界選手権(東京)に向け注目度が高まる小塚崇彦(21)(トヨタ自動車)。全日本を3連覇した父でコーチの嗣彦さん(64)と併せ、男子初の親子制覇を達成した小塚父子が、これまでの歩みと将来を語った。(宮島出)


-全日本優勝時、何を話した

嗣彦 おめでとう、と。努力してきたので、全日本は取らせてやりたかった。

崇彦 ありがとうと。ジャンプが跳べずに終わったので、3月の世界選手権の宿題だよとも言われました。

嗣彦 そう、宿題。満足することなく、上を目指してくれると思う。


-競技をはじめたきっかけは
崇彦 ディズニーランドの帰り、佐藤有香さんが優勝した世界選手権(1994年、千葉)を見て、「僕もやりたい」と。日本開催の世界選手権が原点です。

嗣彦 私はその時の日本チームの監督。もし崇彦を見てもらうなら、有香さんの父親、佐藤信夫さん以外にないと決めました。

崇彦 知らず知らずに敷いてくれたレールの上を走ってきた。

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-幼い頃アイスホッケーをさせたのは、フィギュアへの応用を考えてだった

嗣彦 二つ(のタイプのスケーティング)を器用にこなせるようになったのは、プラス。ホッケーは団体競技だから、仲間を思う気持ちも育つ。

崇彦 ホッケーのカーブはフィギュアよりもきつい。フィギュアばかりだと、きついカーブが身につかなくて、まっすぐなスケーティングになる。ホッケーの経験が今、生きている。


-祖父の光彦さんも含めて3代のスケート選手。難しかった?

嗣彦 私は父にスパルタで鍛えられたので、崇彦に強制はするまいと決めていた。好きであれば、協力はいとわないけど。

崇彦 たたかれた経験はないが、怖かった。周りに「ジュニア」と冷やかされるのも嫌だったが、高校で同級生と話すうち、自分が変わる瞬間があった。そこから親子の衝突は減った。


-親子で似ている?

崇彦 そっくりと言われている。緊張の仕方まで。試合の前に眠れなくなる。食事もとれなくなるけど、無理にでも食べます。遺伝です。

嗣彦 私は現役時代、緊張で食べられなかった。


-将来は?

嗣彦 オリジナリティーを持ったスケーターになってほしい。私もそうでしたが、崇彦も子供にやらせたいと思っていない。

崇彦 思ってないです。
ただ、父のように、子供がやるとなった時に困らない人脈はつくっておきたい。これからは自分で考え、自立してスケートができたらいいと思ってます。


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嗣彦コーチは愛息の成長に目を細めている感じが伝わってきますし、小塚選手も父親からのサポートに感謝しつつ、新たなステージへ自分を高め、押し出そうとしています。本当に彼は今季スケーターとしても、試合の成績的にも、また人間的にも驚くほど成長したなと思いますね。なんか私は彼らに全く関係のない人間だけど、読んでて勝手に感無量になってしまいました(笑)。

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四大陸は目前、来月にはいよいよ世界選手権。怪我に気を付けて、最高の演技ができますように!!

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小塚 父子制覇 全日本フィギュア
「祖父の曲」で悲願V リスト協奏曲 「滑れる選手を」夢かなえる


フィギュアスケート・全日本選手権の男子は、小塚崇彦(トヨタ自動車)が初優勝。小塚は父の嗣彦さんと、男子史上初となる父子での全日本制覇。

 25日に長野市で行われたフィギュアスケート全日本選手権大会。男子で史上初の「親子チャンピオン」が誕生した。中京大4年の小塚崇彦選手(21)(トヨタ自動車)は、1966年から3連覇を果たした父・嗣彦(つぐひこ)さん(64)(名古屋市中区)がいるスタンドを見上げた。親子制覇の物語は、祖父の代から紡がれていた。




 前日のショートプログラムでトップに立った小塚選手は、この日のフリーでは、リストの「ピアノ協奏曲第1番」に乗り、素晴らしい演技を見せた。小塚選手は今季のプログラムを選ぶ際、いくつかの候補曲の中からこの曲を選んだ。

 小塚選手の伯母・榊原紀子さん(68)(名古屋市瑞穂区)は、小塚選手がリストのピアノ協奏曲を選んだことを驚くとともに、不思議な縁を感じたという。

 小塚選手の祖父・光彦さん(95)は戦前、フィギュアスケートの満州(現中国東北部)チャンピオン。その後、嗣彦さんらを指導した光彦さんが「この曲で滑れる選手を育てたい」と話していたからだ。榊原さんは「まだ崇彦が生まれていない40~50年も前のこと。運命を感じた」と話す。

 光彦さんは高齢のため、今は名古屋市内の介護施設で暮らしている。小塚選手が施設を訪れ、「今シーズンはこれで滑るよ」と曲を聞かせると、光彦さんの目に涙がにじんだという。

 曲に込められた祖父の思いを知らなかった小塚選手だが、「自分のことを一番心配してくれる人。滑ってみたら、この曲が昔から体に染みこんでいたのではないかという奇妙な感覚になった」。

 嗣彦さんは選手時代、光彦さんからこの曲を勧められたが、「僕らの頃は、ピアノ曲を使う選手はいなかった。親子優勝は悲願だった。崇彦が父の夢もかなえてくれた」と語り、榊原さんは「夢のよう。父にとって崇彦は生きがい。待ちこがれていた日本一、きっと喜ぶと思います」と声を震わせていた。

(2010年12月26日 読売新聞)

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小塚崇彦 2010全日本選手権 FS -ピアノ協奏曲第1番(リスト)

この曲は私も好きです。聞いてて美しいところと盛り上がるところがあるけれど、どちらもすごく品も迫力もある。小塚選手も常々「フリーはお気に入り」と話していますね。

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<参考コラム>

小塚 父子制覇 全日本フィギュア  読売新聞 2010年12月26日

<関連コラム>
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by toramomo0926 | 2011-02-09 11:01 | フィギュアスケート


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