日経新聞の記事 -世界フィギュアで銀…小塚を変えた「真央効果」
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不定期連載の日経新聞のコラム「フィギュアの世界」ですが、今回は小塚崇彦選手の記事です。
小塚選手、このところメディアに取り上げられる機会がすごく増えましたね。全日本チャンピオンになったこと、チャリティ演技会の発起人となったこともありますが、やはり4回転を決めて世界選手権銀メダルというのは大きいのかもしれません。
日経のこの「フィギュアの世界」シリーズは毎回とても丁寧な取材に基づいていて読んでいて楽しいですね。記事をご紹介します。


世界フィギュアで銀…小塚を変えた「真央効果」 -日本経済新聞「フィギュアの世界」 2011年5月10日





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世界フィギュアで銀…小塚を変えた「真央効果」
5月1日までモスクワで開かれたフィギュアスケートの世界選手権で、小塚崇彦(22、トヨタ自動車)が銀メダルに輝いた。今季は昨年12月の全日本選手権で優勝するなど大きく成長。父・嗣彦さんは1968年グルノーブル五輪代表、母、祖父もスケーターという「フィギュア一家」に育った逸材が開花した理由は……。


■チャリティーショーに出演
 世界選手権を終え、帰国して間もない7日、小塚が音頭をとった東日本大震災のチャリティーショーが愛知県豊橋市で開催された。

 3月11日に震災が起きた直後から温めていたというプラン。募金箱は自ら日曜大工で作成、客席の設営も手伝う熱の入れようだった。浅田真央(中京大)ら地元・愛知県のスケーターだけでなく、小塚の呼びかけに賛同した高橋大輔、織田信成(ともに関大大学院)も参加。ショーのトリで登場した小塚は、世界選手権メダリストとしてアンコールも含めて堂々の演技を披露した。

 「ずっと何かできることはないか、と思っていた。初めてのチャリティーショーだったが、たくさんの人が賛同してくれて、会場一丸となってくれてうれしい」。主催者を代表して挨拶(あいさつ)した。
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■看板選手に
 前日には、7月に行われるアイスショー「THE ICE」の発表会見に出席した。所属事務所の主催で、これまで浅田真央と姉の舞がホスト役となっていたが、今年は浅田真央と小塚の2人。看板選手として成長した証しだ。
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 五輪終了後、翌シーズンにかけては若手が飛躍しやすい時期で、ジャッジも積極的にそれを後押しする。世界選手権の男子で過去にメダルを獲得した日本人選手、佐野稔(1977年に銅)、本田武史(2002、03年に銅)、高橋(07年に銀、10年に金)はそうしたチャンスを生かした。3人が初メダルを獲得した年齢はそれぞれ21歳、20歳、21歳。小塚もほぼ同じ道のりをたどったといえる。

 「周りからも言われていたから、(メダルを)取りたかった。1回表彰台に乗ったことで、(3年後の)ソチ五輪にもつながったと思う」と小塚。


■表彰台は「気持ちよかった」
 震災の影響で当初予定されていた東京大会が中止になり、1カ月遅れでモスクワでの開催となったため、調整に苦しんだ選手もいたが、小塚は「メリットもデメリットもなかった」と平然と語る。

 初めて表彰台に立った感想は「いやあ、いい場所でしたよ。なんかすごく気持ち良かった」。

 今季はショートプログラム(SP)はやや不安定だったものの、フリーが安定していた。アイスダンスで今大会、金・銀・銅メダルを獲得したいずれの組も指導しているコーチ、マリナ・ズエーワ(ロシア)の振り付けとクラシック音楽が、基本に忠実な小塚の滑りに合っていたし、フリーの4分半をほぼミス無く滑る心身のタフさも際立っていた。
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■あえて“寄り道”
 3月、世界選手権東京大会の中止が決まると、小塚は香川県の金比羅山に行ったという。「最後の10段は足が動かなくて、アスリートの意地だけだった」というが、本宮までの石段785段を一段とばしで一気に駆け上がったというから、すごい。

 小塚がスケートを始めたのが4歳のとき。そのときから引っ張って一から手ほどきした佐藤信夫コーチは「やっぱり(才能は)すごかったですよ」と振り返る。

 しかし、フィギュア一辺倒にはせず、小塚にあえてアイスホッケーをさせるなどして“寄り道”をさせた。「あんまり教え込みすぎると、しゃちほこばった硬いスケートになるから」

 そうした佐藤コーチの指導が功を奏し、小塚の自然で、世界屈指といわれる美しいスケーティングが生まれた。滑りがいいから、ジャンプも安定し、スピンの回転も早い。ステップも「難しいことをやっているな」とバンクーバー五輪銅メダリストの高橋は評する。
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四大陸選手権の滑走順抽選会にて。左から羽生結弦選手、小塚選手、高橋大輔選手。


■「感覚に頼りすぎていた」
 昨季の世界選手権では、もう少しで手に届きそうだったメダルを逃した。SPで4位となりながら、フリーで4回転ジャンプを失敗して焦り、ミスが続いて10位に終わった。

 「4回転をミスすると思わなかった」。翌日には「お話しすることはありません」と言ったっきり口を閉ざした。普段はあまり引きずらないタイプの小塚も、考え込まざるを得ない体験だった。

 「どうすればいいのか?」。自分の技を1つ1つ検証、自問自答して下した結論は「これまで自分の感覚に頼りすぎていた。試合では力が入るので、(自分の思っているような)感覚とは変わる」ということだった。


■ポイントをしっかりと決める
 今までもウオーミングアップは時間を計測しながらしていたが、それを演技にも応用した。例えば昨季、トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)は跳ぶことに焦ってしまい、回転すらできないことも少なくなかった。「曲は常に一定。曲のこの部分で踏み切るとか、ポイントをしっかりと決めた。早すぎたら意識的に待つようにした」という。

 技術に意識を集中しすぎて表現することがおろそかになりかねないが、「それが自然にできるようになるまでやった。昨季までも神経は研ぎ澄ましてきたつもりだけれど、ボーッとしていたというか、何となくやっているところが多かった」

 2月の四大陸選手権の前後、少しおかしかった4回転ジャンプの感覚も、そうした方法で修正したという。
 「(ジャンプしたときに)左側に体がずれていた。それは手が伸びているから回転の始まりが遅くなって、自分で(無理に)引っ張ろうとするから、左に(ずれて)上がるんだなって」。こうしたことは佐藤コーチに相談はしたが、基本的に自分で考え、解決法を見つけ出した。
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■すぐにあきらめてしまっていたが…
 「甘ったれでね」と佐藤コーチは言う。一人っ子の小塚はかわいがられて育ってきた。そのためか、ちょっと調子が悪かったり、疲れたりすると、「もうダメ、こんなに頑張っているのに」とあきらめて力を抜いてしまうところがあった。

 「そこで頑張らないとダメ。どれだけ苦しみ抜いてきたかで順番がつくんだよ、って言っても、(小塚は)その意味を理解できないようだった。でも、今季はそうしたことが少しずつ分かってきたようだったから、何とかなる気がしていた」と佐藤コーチは話す。
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信夫コーチ、絶対酔っぱらってる(笑)机の上にワインが見えますね。


■「浅田選手の存在が大きかった」
 そうした変化はどうして起きたのか? 頑張りたい人だけが頑張ればいいという、良くも悪くも放任主義の北米に1人で練習に行って自覚が芽生えたことも一因だろう。

 だが、「浅田選手の存在が大きかった」と小塚自身は言う。昨年9月から佐藤コーチの下、一緒に練習するようになった。「何回も何回もずーっと練習している。『あ、これなんだな』と思った。彼女に負けてはいられなかった」。“真央効果”は絶大だった。
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■優勝のチャンとは大差
 「今季の反省点は?」と聞くと、首をかしげながら、「うーん、何だろう。できることはやったし、後悔はない。これからは今季積み重ねたことを発展させていきたい」と小塚は言う。

 ただ、自分の中では満足でも、SP、フリーで計3度の4回転ジャンプを決めた世界選手権優勝のパトリック・チャン(20、カナダ)には22.57点もの大差をつけられた。


■「パーフェクトな演技を」
 来季はSPでも4回転を入れていくつもりだが、それ以上に固執するのはノーミスの演技だ。世界選手権でも、ノーミスだったフリーの技術点は、4回転を2回跳んだチャンより上だった。

 「4回転も大切だけれど、パーフェクトにするとよく見えるし、ジャッジも人間なので点数があがる。もちろん、次は上(金メダル)を狙うしかない」

 2011~12年シーズンへ向けて、今回はオフが例年より1カ月短い。「それが少し心配」。6月には振り付けのため渡米する。それまでしっかり英気を養うつもりだ。

(原真子)

2011年5月10日 日本経済新聞

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本当に今季は世界トップグループ常連、しかも優勝を常に争うメンバーへしっかり食い込んだという素晴らしい躍進を見せたシーズンでした。
彼も話している通り、来季以降はショートプログラム1回、フリー2回の4回転が入らないと難しい時代となるでしょう。しかししっかりとした基礎というゆるぎない地盤を持っている彼ですから、このまま怪我に気を付けて練習していけば、確実にそれは可能となるでしょう。そして彼の滑りやジャンプには癖がありませんから、減点されることなく着実に得点を積めるようになるはずです。

今季は彼のスケート人生において間違いなくターニングポイントになった年でした。正直、2009-2010年のバンクーバー五輪イヤーよりも、自分の演技や練習に対する意識が変わった2010-2011シーズンの方が彼にとっては重要な1年だったのではないかと思います。
カナダへの合宿で自分を見つめ直し、その後真央選手という非常にアスリート心を刺激される選手と同門になれたということは、彼にとっては本当に良いことだったと思います。
真央選手がチーム佐藤に入ることが決まった時、真央選手にとって小塚選手のような正確な技術を持つスケーターと一緒に練習できることはすごく良いことだとは思いましたが、小塚選手側にここまで劇的な効果、メリットを及ぼすとは全く考えていませんでした。二人にとってすごく良い体制が整ったと思います。

これからも佐藤コーチの指導のもと、これまで以上に切磋琢磨して素晴らしいスケーターになってほしいと思います。
小塚選手は技術は文句なくすごいけど、表現の面では淡白な感じがしていましたが、今年の四大陸以降の「ピアノ・コンチェルト」で彼の新たな可能性が開けたと思いました。
高橋大輔選手のような情感とも、ジュベールのような力強さとも、はたまたチャン選手のような演劇風の表現とも違いますが、ひたすらに滑りそのものの美しさ、彼自身の真摯さ、品のよさを追求することで、今後フィギュアの表現の評価の流れとして「正統派」というものが再評価されるのではないかと考えています。滑りそのもので観客やジャッジに訴えかけるという個性というのは本当に貴重だと思いますし、後輩から憧れられる存在になっていくことでしょう。

来季も期待しています。
これからは日本のエースとしての役割も少しずつ担っていくことになるでしょう。今回チャリティ演技会の発起人になったことで、彼自身そういう役割を負う覚悟を決めたようにも見えます。
今の彼は、細身だけどすごく頼もしく見えます。どうか頑張って下さい!

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<参考リンク>
フィギュアの世界 -日本経済新聞

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by toramomo0926 | 2011-05-10 14:13 | フィギュアスケート


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