日経新聞の記事 -高橋大輔「フリーのアクシデント、不運と言われるが…」
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高橋大輔選手のボルト除去手術のニュースを調べていたら、日経新聞の不定期コラム「フィギュアの世界」が更新されていたことを発見。
今回は世界選手権でのスケート靴のビスが外れるアクシデントや当時の状態、心境や、現在とこれからの男子フィギュアの流れについて、そして自分自身のこと。本当に丁寧に真摯に、たっぷり語ってくれています。誠実に対応する姿勢も素晴らしい。
でも、それは取材する側がきちんと勉強して、選手に対して敬意を持って接し、記事にしているという姿勢もあるからだと思うんです。そういう意味でも相変わらず「フィギュアの世界」はクオリティ高いですね。

高橋大輔「フリーのアクシデント、不運と言われるが…」 -日本経済新聞「フィギュアの世界」 2011年5月19日




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高橋大輔「フリーのアクシデント、不運と言われるが…」 
 5月1日までモスクワで開かれたフィギュアスケートの世界選手権で連覇を狙った高橋大輔選手(関大大学院)。フリー演技中、スケート靴にブレード(刃)を留めるビスが抜けるまさかのアクシデントもあって、5位に終わりました。しかし、「惨敗したおかげですっきりして、ファイトが出てきた」と話し、2014年のソチ五輪を目指すことを宣言しました。


■今季はチャンの流れ
 アクシデントがなかったら銀メダルをとれた? いや(昨年のトリノ大会では優勝したから)、2位じゃダメでしょう。
 今シーズン通して、(世界選手権で)優勝するのはパトリック・チャン(カナダ)だろう、という流れだったように思います。(1月の)カナダ選手権、世界選手権の前の公式練習を見ても、そういう雰囲気を感じました。その流れに逆らえませんでした。僕が(チャンを)脅かす存在だ、と思わせることすらできなかった時点で惨敗です。


■靴に悩まされた
 靴は(長光)歌子先生が毎日、毎演技前、チェックしてくれていました。フリーの得点を待つ間ずっと、「ゴメン、私が悪かった」と謝ってくれていたけれど、それは違います。

 どんなに用心していても、ビスが抜けてしまうことはあります。それがたまたま試合で出たということです。

 運がなかったと言われますが、選手は何があっても、どんなことがあっても、それに対処して合わせなければいけません。結果に言い訳はできないと思う。

 僕は2カ月程度で靴を替えます。今回は当初の予定から大会が1カ月延期されたので、3月中旬にストックしてあった靴に替えようとしました。しかし、右足はどうにかなりそうでしたが、左足はとても使えそうにないものでした。だから右足だけ替えました。

 しかも、注文していた靴が手元に届いたのがモスクワに出発する2日前。それまで練習でも調子が良く、問題もなかったから、届いた新品の靴ではなく、そのままの靴で臨みました。

 フリー当日はとても気合が入っていて、調子も良かったから、4回転ジャンプはいけそうな手応えがありました。でも、跳ぶためについたつま先の力に左靴が耐えられなかったんでしょう。そのときに、靴底もいっしょにダメになってしまいました。そのため、(左足だけで跳ぶ)サルコージャンプを転んでしまったのが悔しい。

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■シュンとしても仕方ない
 演技が終わった瞬間、気持ち的にスコーンと抜けた状態になって、勢いで「ソチまで続けます」と言ってしまいました。でも、その後で、さすがに少し考えようと思って、試合翌日の会見は翌々日にしました。

 アクシデントはあったけれど、落ち込んではいません。シュンとしても仕方がない。時はどんどん過ぎていくんですから。結果は残念だったけれど、こうした経験からは必ず何かを得るし、これまでも得てきました。次のいいことに必ずつながると思っています。

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帰国後、空港で取材に答える高橋選手。


■自分の可能性に賭けたい
 かつては、自分がどんどんできなくなっていく姿を見るのは嫌で、余力を残して辞めようと思っていました。バンクーバー五輪で銅メダルは取ったけれど、(それまでの過程でケガもなく)スムーズにいっていたら辞めていたかもしれません。この1年で心境が変わってきました。

 自分の可能性に賭けたい、信じてみたい――。そう思ったんです。

 右ヒザ靱帯(じんたい)の手術で埋め込んだビスを抜いたら、動きも良くなると聞いていました。ラグビー元日本代表の大畑大介さんが何度もケガに苦しみながら、現役を続ける姿をテレビで見て、「こういう生き方もいいな」と思うようにもなりました。

 ソチ五輪までと決めた方が、良くも悪くもやりきれると思います。4年前は上しか見えなかったけれど、今はそうではありません。

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■ソチ五輪のときは27歳だが…
 ソチ五輪のときは27歳。正直、厳しいのは実感しています。他の競技では普通でも、フィギュアでその年齢までやる人は新採点方式になって以降、少なくなりました。でも、今後、競技年齢が延びていくかもしれません。可能性がある限り、やってみたいんです。

 攻める気持ちも戻ってきました。今季は自分が守りに入っている感じもあって嫌でした。僕は守ってうまくいったことがないのに……。昨季の成績に甘えてしまうんでしょうね。「やっぱり辞めておけばよかったかな?」と考えたり。そっちの方に流されていく自分がいるのを感じていました。

 明確な目標があると、練習のしんどさにも勝てるけれど、なかなかモチベーションが上がらず、調整が難しいシーズンでした。


■1週間休んだことが良かった
 それでもちょうど3月中旬から調子が上がってきました。その後もチャリティーショーのために練習は続けていましたが、3月の東京大会が中止になり、代わりに4月末にモスクワで開かれることが決まったときに1週間休みました。

 「無理。精神的にそれまで持たない」。思い切って休んだことが良かったです。グダグタ練習すると流れが悪くなります。モスクワ入りした時点では調子が良かったです。ただ、ショートプログラム(SP)の日は、自分の中では想定内だったけれど、ちょっと集中力を欠いてしまいました。

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 SPで演じたマンボは照明の演出があるショーでは盛り上がりやすいけれど、それがない試合では観客にアピールするのにものすごくパワーがいります。

 あの日はフワフワしていて伝え切れていなかったから、反応があまりなくて、観客と(気持ちの)キャッチボールができずにきつかったです。だから、得点も伸びなかったと思う。


■来季はSPから4回転入れたい
 フリーのタンゴの方が試合っぽい内容だから、滑り込むにつれて良くなっていました。来季も同じプログラムでリベンジ? しません。毎年、新鮮な気分でいきたいですから。長い間滑ると体に馴染むけれど、飽きてしまいます。僕は自分のプログラムをずっと好きでいたいです。

 来季は4回転ジャンプをSPから入れたいと思っています。今季はSPから入れる選手が続出したし、僕の好きなスケーターのミハル・ブレジナ(チェコ)はフリーで2種類決めていました。

 日本では、ここまで劇的に変わるとは思ってなかったかもしれません。織田君は対応していたけれど、僕はケガをする前の4回転のようにコンスタントにできなかったので、SPから入れたくても、今季はついていけなかったです。挑戦は好きですが、無謀な挑戦はしたくありません。


■スケーティングも習いたい
 スケーティングも習いたいです。今までも(アイスダンス出身の振付師)パスカーレ・カメレンゴやシェイリーン・ボーンに教わっているけれど、普段の練習から取り入れていきたいと思います。

 僕にとってきついのがスピン。だいぶ良くなってはきたけれど、バリエーションがまだ少ないです。そして一番しんどいのはプログラム。シニアに上がってもう10年、毎年飽きさせないプログラムを見せ続けるのは大変です。

 小塚崇彦選手が銀メダルをとってくれて、男子フィギュアへの注目は今後も続くはずです。選手としては悔しいけれど、これはうれしいこと。リンクで感じる応援のパワーって大きいんです。

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■誰が行けるか分からない状況はやりがいある
 他にも若い選手がどんどん出てきています。日本男子フィギュア史上初めてじゃないですか? 世界選手権に3枠もありながら、誰が行けるか分からないなんて。

 そんな状況は面白いですし、やりがいもあります。出られるか分かりませんが、ソチ五輪までやるからには金メダルを狙います。

 その姿は決して格好良くないかもしれません。「また面倒なヤツと付き合わなければならないのか」。歌子先生をはじめ、チームD1SK……みんながそう思っているかもしれません。

 でも皆さん、これからもよろしくお願い致します。


2011年5月19日 日本経済新聞

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読んで感じたのは、高橋選手のこういうところが私は大好きだなということです。
彼はスケートに対して常に謙虚ですよね。そして正面から取り組み、結果は全て自分の責任として引き受けて言い訳は一切しない。ものすごくフェアな精神の持ち主です。

高橋選手はトップスケーターとしてのプライドはあるけど、その一方でいい意味でプライドのない選手だと思います。それは下記の言葉に表れています。

「シニアに上がってもう10年、毎年飽きさせないプログラムを見せ続けるのは大変です。」
「僕が(チャンを)脅かす存在だ、と思わせることすらできなかった時点で惨敗です。」


彼は現役の競技者だけれども、試合でプログラムを滑ることを純粋に競技とは考えてないのが伺えます。ショーではなく試合なんだけれどもお客さんを、できればジャッジをも楽しませたい、自分の演技で楽しんでもらいたいという気持ちが非常に出ている。それはやはり世界トップで争う人にしか出来ないことだし、考える余地が生まれない種類のものです。そこにトップでずっと走り続けて来たというプライドというのが見えます。

一方で、彼は自分の負けをあっけないほどに認めることができる。他人を認めて自分を省みることができる。
自分はスケーターとして、競技者としてこうありたい、という高い理想があって、それと比べて今の自分はどうかと考えた時に、自分をごまかすことなく冷静に判断することが出来ている。
そういう意味では、プライドがないように見えて、やはりかなり強固にプライドがあるからこその裏返しでこのようなことが出来るのかな、とも思いますね。いずれにしても、謙虚じゃなければできないことです。

高橋選手は精神的に本当に素晴らしい人間性とスポーツマンシップを持っていると思います。彼は現役選手では一番といっていいほどの表現力の持ち主ですが、彼の表現が他選手より抜きんでているのは、ただ役を演じようとするのではなく、テーマを通して彼の人間性や人生がそのままスケートに表れているからだと思います。だから彼の演技は非常に強く人の心を打ち、長い間記憶に残るのだと感じています。
今回の世界選手権フリーでも、ビスが外れたあとの演技も集中を切らさない、素晴らしいものでした。たとえ転倒があっても、引き込まれる何かがありました。それは彼が本当に滑りに感情や彼の生き方が投影されているからだと思っています。

非常に内容の濃いインタビューでした。ますます来季の彼が楽しみになりましたね。
リハビリが順調に進み、晴れやかにシーズンを迎えられるように心から祈っています。

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***追伸***
ただ、「今シーズン通して、(世界選手権で)優勝するのはパトリック・チャン(カナダ)だろう、という流れだったように思います。」というのが、今季のチャン選手の点数の出方の極端さに照らし合わせるとちょっと意味深ですね。
選手もそういう「ISUが今年勝たせたい選手」というムードを感じることもやっぱりあるんでしょうか。そうだとしたら本当に辛いです。選手の努力を踏みにじるような採点だけはやめて頂きたい。


<参考リンク>
フィギュアの世界 -日本経済新聞


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by toramomo0926 | 2011-05-20 13:43 | フィギュアスケート


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