岩崎夏海氏が見た2011年世界選手権 -浅田真央選手
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岩崎夏海氏の不定期連載コラム(書籍になる予定のようです)「なぜ浅田真央はぼくの胸を打つのか」の第三回目の更新がありました。今回は世界選手権の観戦記。
前回が12月の全日本選手権の時でしたから、半年くらい間が空きましたね(笑)
今回は前後編に分かれており、今回は前編のみ載っていました。ただし、後半は真央選手以外に、ロシアにて岩崎さんが思ったこと、見聞きしたことなどについて書く予定だそうです。

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モスクワで浅田真央さんの世界選手権を見てきました モスクワ世界選手権観戦記(前編) -日経ビジネスオンライン




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モスクワで浅田真央さんの世界選手権を見てきました モスクワ世界選手権観戦記(前編)

 2011年4月27日から約一週間、ロシアの首都モスクワへ行き、世界フィギュアスケート選手権を観戦してきた。28日の公式練習から、29日のショートプログラム、30日のフリーと見てきた。その中で、ぼくが見た浅田真央さんがどうであったかを、その時々で感じたこと、思ったことなどを交えながら書いていきたい。

 2011年3月11日、東北地方を大地震が襲ったことと、それに続いて福島の原子力発電所が大きなトラブルに見舞われたことで、主に安全が確保できなくなったのを理由に、3月末に東京で行われる予定だった世界フィギュアスケート選手権は中止となった。すると、すぐにロシアスケート連盟が代替開催に名乗りを挙げ、結局予定されていた日から一ヶ月遅れで、ロシアの首都モスクワで、今シーズンの幕引きとなる世界選手権が行われることになった。

 これは、誰にとっても青天の霹靂だったことだろう。誰にとっても、世界選手権が一度は中止になったり、あるいは延期になることなど予想もしていなかったに違いない。ぼく自身も全く予想していなかった。

(中略)

 しかしそれは、一つの良い経験にもなった。フィギュアスケートという競技が、そして浅田真央さんが、世界的な存在であるということがあらためて確認できたし、またぼく自身も、このような機会でもなければ、モスクワに行くことはなかっただろうからだ。そしてまた、モスクワがウィンタースポーツに関しては先進国で、フィギュアスケートに対しても深い理解と愛情とを持つ国であるというのも、知ることはなかったと思う。

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岩崎さん、ご自宅(渋谷区だそうです)から近い代々木でワールドを見る筈が、ものすごい遠出になってしまいましたね。
でもロシアについて「豊かな国」と感想をのべていました。そして一方で、あまりきれいでないと・・・(笑)ゴミとか結構普通に落ちているようです。
そしてそのためか、ほこりっぽかったようですね。マスクは手放せなかったそうです。
真央選手も2006-2007年のグランプリファイナルでサンクトペテルブルクに行った時、鼻と喉をやられてしまってひどく苦労したそうです。
真央選手がタラソワコーチの指導を受けたノボゴルスクという所にあるナショナルトレーニングセンターではそのような話は聞かなかったので、きっと郊外にあるんでしょうね。そういうところは清掃とかも徹底してそうですし。
そういえば、今回現地入りした選手たちもしっかりマスクを装着していましたね。さすが慣れてますね。

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モスクワ空港での小塚崇彦選手。


真央選手に関しては、雰囲気はいつもと変わらなかったが、やはり痩せたことには気づいたそうです。「可憐になっていた」と評していて、花びらが舞うように滑っていたと描写しています。

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 それは、まるで花びらのようだった。ぼくは、浅田真央さんがジャンプをするのを見て、すぐに桜の花びらを連想した。その時の見学メモには、「ヒラヒラ」という擬音が記されている。とても可憐で、そして儚げだったので、そういう言葉を書いたのだろう。ジャンプし、回転しながら降りてくる真央さんの姿は、さながら舞い落ちる桜の花びらのようだった。(本文抜粋)

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しかし、最初は美しいとしか思わなかったその姿に力強さがないことに気づきます。
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印象的な描写に「手のひらが大きく感じられた」というのがありました。腕も首も、身体全体が痩せてしまっているので、手のひらとの比率が変わってしまっていたのです。手のひらが大きく見えるほど痩せたというのは、かなり危険な状態とも言えると思います。
しかし彼は「身体が締まった」のかと思い、「身体が軽くなったからトリプルアクセルも跳びやすくなるかも」とその時は考えた、と書いています。
基本的にその考えは間違っていないのですが、真央選手のように常に厳しく体重をコントロールしている選手にとっては、通常の状態がある意味ギリギリなので、世界選手権の時の状態はある意味「飢餓状態」と言えるようなものではなかったかと思います。

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本当によくこの身体で3Aを跳び、SPとフリーを滑り切ったと思います。

そしてショートプログラム(SP)終了後、佐藤信夫コーチの「(真央選手が)痩せてパワー不足になった」というコメントを聞いて自分の考えが間違っていたことを知ったそうです。


SPを終わってプレスエリアに現れた真央選手は、「深い悲しみ」を湛えた表情をしていたそうです。真央選手は勿論受け答えはきちんと質問者の目を見て、冷静にいつも通り行っていたけれど、記者の方が何となく自然に「そっとしておこう」という雰囲気となるくらいの表情だったと。

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 その眼差しには、誰が見ても一目で分かるほどの、深い悲しみが湛えられていた。それは、見る者の胸を打つ痛切さをはらんでいた。それを見た瞬間、ぼくはハッとさせられた。そうして、身体がすくむような、何とも言えない気持ちにさせられた。

 真央さんは、悲しそうな顔をしていた。その真っ直ぐな瞳からは、心の底からあふれ出した生のままの悲しみが透けて見えるようだった。その何とも言えない表情で、彼女は記者たちからの質問に答えていたのだ。

 だから、この日の囲み取材は、自然と短いものにならざるをえなくなった。もちろん、プロである記者たちは、けっして話を聞くことを遠慮したわけではないだろう。しかし真央さんのその表情を目の当たりにさせられると、それが言葉以上に多くを物語っているようで、自然と質問も憚られたのだ。

 それでも、真央さんに特徴的なのは、神経質になったり、落ち着かない様子にはならないことだった。真央さんは、悲しみを湛えたその表情でさえなお、威厳と品格を失わなかった。真央さんは、いつでもそうなのだが、記者からの質問には、その質問をした記者の目を真っ直ぐに見て答える。また彼女は、言葉に対して非常にデリケートなので、一言一言注意深く、選ぶようにしながら話すのだけれど、語尾を濁したりすることはなく、いつもはっきりと自分の考えを伝えようとするのだ。

 この日の真央さんも、その受け答えにはいつもと変わるところがなかった。いつものように言葉を選びながら、慎重ではあるがしかしはっきりと、丁寧な物言いで記者たちからの質問に答えていた。

 翌日の30日、フリーの本番が終わった後も、ぼくはやっぱり囲み取材の場に赴いた。すると、この日の真央さんの目からは、昨日のような悲しみは窺われなかった。そうして、彼女自身がそう答えたように、その表情からはホッとした、やることはやったという後悔のなさのようなものが伝わってきた。

(中略)

「(今シーズン取り組んだジャンプの改造について)最初の、単独のジャンプさえうまく跳べなかった時期に比べると、後半に向けて、徐々に良くはなったと思う。でも、100パーセントにはまだまだ到達していない」
「(いつ到達するかと聞かれ)それは分からない。おそらく、一年一年の積み重ねだと思う」
(本文抜粋)

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この文章と真央選手の記者への返答を読んで、真央選手は、順位や得点的にはこれまでの彼女からは考えられないようなものだったし、世界選手権は体調もベストに持っていくことができず思ったような演技はできなかったけれども、それでも彼女の中では「きちんと」シーズンを終えられたんだな、というのが分かってホッとしました。
今季は試行錯誤のシーズンになることを彼女は覚悟して臨んでいました。それでも精神的に辛い時などもたくさんあったと思います。でも自分の選択に疑問を持ったり、今後について不安は持っていないんだなというのが分かったからです。

岩崎氏は真央選手の今シーズンを「振り返って総括するには難しいものになった。このシーズンの持つ意味は、それこそ引退の時に初めてわかるのかもしれない。決して良いとはいえないシーズンだったが、だからこそそこに価値があるのではないか」と語っています。
岩崎氏はNHK杯の時も「惨敗」と言われたあの試合でも、彼女の凄さについて語っていましたね。
マスコミは目先の勝利、得点、順位ばかりを取りざたしますが、彼は真央選手について長いスパンで、長期的な視点で見て行こうという姿勢があるのできっとそう受け取れるのだと思います。そういう視点、評価の根拠というのは、やはりずっとフィギュアスケートを、浅田真央というスケーターを見て来たファンには理解できるのではないでしょうか。私はすごくわかりましたし、そういう事をメディアを通じて書いてくれる人がいたのは良かったと思っています。


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 彼女のこの失敗は、真央さんが自ら選択したものだった。それは、望んで失敗したという意味ではない。失敗をするかもしれないという覚悟のうえで、それを超える成長を期して、新しいことに挑戦した――ということだ。

 そうして、それはなかなかできることではないと思うのである。彼女のように若くしながら名も実績もある選手が、失敗するおそれのあることに果敢に挑戦するというのは、あまり聞いたことがない。ましてや今の時代、失敗に対する風当たりは以前より強くなっているから、人々は臆病になり、あまり失敗をしたがらない傾向がある。

 そういう時代にあって、真央さんは失敗することをおそれずに、積極果敢にジャンプの改造に取り組んだのだ。そのことは、単に競技者という枠組みを超えて、現代を生きる一人の人間として、人々を強くインスパイアするところがあると思う。もっといえば、ぼくはそこにこそ、真央さんが多くの人の胸を打つ、一番の理由が潜んでいるような気がするのだ。

(中略)

 もちろん、良い結果を出してほしいという思いがないわけではなかったが、しかしたとえそれが出なかったからといって、彼女の今シーズンを不満に思ったり、残念に思ったことは一度もなかった。

 むしろ、今シーズンの彼女を見たことによってあらためて、畏敬の念を強くしたし、興味もどんどんとふくらんでいった。だから、彼女の試合を観戦している間は、その一挙手一投足から目が離せなかった。それは、滑りはもちろんのこと、表情や佇まいに至るまで、その全てが大いなる興味の対象となったのだ。

 そのことが、今シーズンの真央さんを見てきて、ぼくが思いを強くしたことだった。そして、その畏敬の念や興味といったものがどこから来るのか、彼女の何に由来しているのかというとは、これから時間をかけて、ゆっくりと考えを深めていきたいと思っている。
(本文抜粋)

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Mao Asada 2011 World Championship FS -Liebesträume



<参考リンク>
モスクワで浅田真央さんの世界選手権を見てきました モスクワ世界選手権観戦記(前編) -日経ビジネスオンライン
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by toramomo0926 | 2011-06-03 14:20 | フィギュアスケート


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