浅田真央を変えた佐藤コーチの信念 -スポーツナビの記事
b0038294_8512053.jpg
NHK杯が終わり、プロのライターの方もいろいろ記事やコラムを出してきていますね。今大会は日本(札幌)で開催&日本人選手が4人も出場したということで、かなり注目されていました。
そして一番の注目は浅田真央選手の初戦がどうなるか、ジャンプはどの程度出来上がってきているのかということだったでしょう。
フタを開けてみれば、トリプルアクセル(3A)は見ることはできませんでしたが、他のジャンプ、スケーティングの伸び、スピードというのもは格段に進歩していました。それは普段「スポーツ記者」として記事を書きながらそのあたりまで細かいことになると全く見る目を持たないメディアの人々にも目に見えて分かるもので、記事にもそれは反映されていましたし、実際演技構成点(PCS)のスケーティングスキル等の得点も高くつけられました。

彼女のこの変化には、昨季より彼女のコーチとなった佐藤信夫コーチの熟慮と配慮、長期的視点に立っての計画のもとに地道に行われてきたことがようやく目に見える形で出てきたというものでした。

スポーツナビのサイトのコラムがそのあたりをとてもきめ細かく書いてくださっているのでご紹介します。




*****
<浅田真央を変えた佐藤コーチの信念> 
トリプルアクセル回避でつかんだスピード感

 浅田真央がトリプルアクセルを回避した――。単にジャンプの難度を下げたという話ではない。これは彼女にとって大きな決断、そして変化を象徴する出来事だった。
 浅田は2011-12シーズン初戦となるNHK杯、フリースケーティング(FS)の演技を終えると満足した顔で何度もうなずいた。こだわり続けていたトリプルアクセルをダブルアクセルにし、大きなミスなくまとめる内容。一方、スピードは昨シーズンより格段に増し、流れのある演技を見せた。
「これまではトリプルアクセルを跳ばないと納得しない自分がいたんですが、今日は冷静に判断できました。最後までスピードが途切れずに、(佐藤)信夫先生が求めるスケートに近づけたと思います。一歩、大人になったかな」。落ち着いた良い笑顔だった。

 昨シーズンは全試合で、佐藤コーチがダブルアクセルを薦めても、自らの挑戦心を抑えることができなかった。その試合スタイルすら変えた佐藤コーチの信念とは、そして浅田の心の変化とは――。

■「ダブルアクセル」か「トリプルアクセル」か
 浅田が佐藤コーチに師事したのは、昨シーズンの開幕直前となる2010年9月だった。あまりにも時間がない時期からのスタート。ジャンプ修正に明け暮れる浅田に対して、佐藤コーチは「今シーズンは手探りの状態」と言い、試行錯誤が続いた。

 当然、自身の代名詞だったトリプルアクセルは完成の域ではない。グランプリシリーズ2戦、全日本選手権、四大陸選手権、そして世界選手権、すべての試合で佐藤コーチはショートプログラム(SP)で「トリプルアクセルは回避して、ダブルでいくのが定石」と、浅田に提案した。
 しかし浅田は、「トリプルアクセルをやることで(演技全体の)気持ちが強く持てる」と言い、全試合で挑戦。FSも含めると全5試合、計10本のトリプルアクセルに挑み、成功は2本だった。シーズン最終戦の世界選手権は、6位。
 「本当に結果が出せなくて、技術的にも足りなかった。色々なことがギクシャクしていました」とシーズンを振り返った。
b0038294_853753.jpg

■佐藤コーチ「選手の意思を優先させえてやりたい」
 苦しんでいたのは浅田だけではない。佐藤コーチも葛藤していた。いつも試合前、浅田にかける言葉はこうだった。
「今の状態なら、僕の経験から言えばダブルアクセル。でも最終的には自分で決めなさい」

 佐藤コーチは言う。「本当に点を出すなら、ダブルアクセルにするのが定石。しかし彼女にとって、トリプルアクセルそのものが全体のモチベーションにつながっている面もあるので、頭ごなしに『やるな』とは言えない。難しいです」

 実は、佐藤コーチには苦い思い出がある。中野友加里を指導していた頃のこと。彼女のトリプルアクセルへの思い入れが強いことは、よく理解していた。しかし04-05シーズンから導入された採点方式では、回転不足での減点があまりにも大きい。堅実策をとった佐藤コーチは、中野の調子を見て完璧ではない場合は、ダブルアクセルを跳ぶよう指示した。結果、モチベーションに欠いた中野は、普段は跳べる3回転ジャンプすら次々とミスをしてしまったのだ。
「中野の時の経験がありますから。最後は選手自身に選ばせてやりたいんです」
 それが、佐藤コーチなりの決断だった。そして、彼の気持ちや考えを理解し、浅田の方からダブルアクセルに納得してくれるのを待っていたのだ。結局、昨シーズンの浅田はトリプルアクセルを選び続けた。

「オフは、ジャンプもスケーティングも基礎からすべて見直します。すぐにできないのは承知の上。僕は、忍耐力と根気で彼女を待つしかないんです」。そう言うと、佐藤コーチは口元をひきしめた。

■スピードのある助走で踏み切る、質の高いジャンプ
 2人はこのオフシーズン、スケートを基礎から改革した。佐藤コーチが毎日繰り返したのは、「スピードに勝る魅力はない」。では、なぜスピードが必要なのか。これは『ジャンプの質』と『演技全体の魅力』の2つの面につながる。
b0038294_8582462.jpg

 まず、ジャンプの出来栄え(GOE)加点の要件には「ディレイドの回転」「高さ、距離が十分」「入りから出までの流れが良い」というものがある。「ディレイドの回転」とは、空中に上がってから回転し始める、滞空時間が長く雄大なジャンプのこと。「入りから出までの流れ」は、助走も着氷後もスピードがあるジャンプのこと。総合すれば、助走でスピードがあり、高く大きく飛躍して、スピードのあるまま着氷する――。それがGOEで加点をもらえるジャンプなのだ。
 浅田のように器用な選手は、助走で勢いを殺しても3回転を回ることができるが、パワーが無く加点の付かないジャンプになってしまう。だからこそ、佐藤コーチが浅田に求めたのは、スピードのあるジャンプだった。
 しかし、急にスピードを出すと、空中での移動が大きいために身体コントロールが難しくなる。踏み切りのタイミングや、空中で体を締めるタイミングや強さが、非常に精密になるのだ。昨シーズンは、この新しいタイミングをつかむことに苦労し、ジャンプの不調に陥っていた。

 そしてこのオフにしっかりと練習量をこなした浅田は、今シーズン初め、「スピードを出すとタイミングが狂う事がありましたが、先生と試行錯誤してきて、今の時点では大分スピードも出て、ジャンプのリズムも乱れなくなってきています」と確かな手応えを得ていた。
b0038294_901934.jpg

■観客を引き込む、スピードのある演技
 さらに演技面でもスピードは必要だ。
 浅田は言う。「私自身は、バンクーバーオリンピックの頃はスピードの事を考えていませんでした。やっぱりジャンプが大事だって思っていたから」
 バンクーバーオリンピックまでの2年間は、タチアナ・タラソワコーチに師事したものの、タラソワ不在のまま日本で練習する時間が長かった。ましてロシア語のコーチとは、細かい話ができない。浅田は、本来のスケートそのものを年配者から学ぶ機会が無かったのだ。

 だからこそ、佐藤コーチは毎日オウムのように、「スケートの一番の魅力はスピード」と繰り返した。上半身が上下しない、滑らかで、自然にスピードが出るようなスケーティングが理想形だ。
 すると7月のアイスショー「THE ICE」で変化の兆しが現れた。流れるような伸びのあるスケーティングで『ジュピタ』を披露した浅田。蹴って進むのではなく、足数を最小限に抑えながら、伸びのあるスケートで音楽に溶け込んでいった。会場の空気が神聖なものへと変わり、浅田に吸い込まれていくような演技だった。
b0038294_943490.jpg


「先生に言われることで、自分も感じ取れた事があるんです。スピードがないとお客さんは『頑張れ頑張れ』って気持ちで見てしまう。でもスピードがあると、お客さんが滑りに見入って、演技に引っ張られていく。それが分かりつつあるんです」

■NHK杯、SP「トリプルアクセル以外で取りこぼさない」

 そしてシーズン初戦となるNHK杯を迎える。すでに3回転ジャンプには手応えを感じていたが、トリプルアクセルはまだ回転が足りていない感覚があった。
 SP前の6分間練習。佐藤コーチの言葉は、いつも通り「通常なら回避。でも練習はしっかりやってきたから。あとは自分で決めなさい」だった。浅田は「トリプルアクセルには挑戦して、もし失敗しても他の部分で取りこぼしの無いように滑ります」と約束した。
 結果、トリプルアクセルは1回転半になったものの、残るジャンプ、スピン、ステップを見事にまとめる。鈴木明子(邦和スポーツランド)とアリョーナ・レオノワ(ロシア)に次ぐ3位発進だった。
 「シーズン初戦としては、まずます。オフにしっかり練習できていたので自信もありました」と笑顔を見せた浅田。実力からすれば、100点とは言えない成績だったが、彼女自身は満足していた。
b0038294_91202.jpg

■「いずれは真央にも分かってほしい」
彼女の心の変化は、その夜に訪れた。
 SP後、佐藤コーチと真央が一緒に夕飯を食べたときのこと。佐藤コーチはこう言った。
「今日は、ダブルアクセルにしていればもっと得点は出たと思う。決してトリプルアクセルを諦めるということではないから。今回は自分の判断として挑戦したけれど、いずれは真央にも分かって欲しい」

 いずれは真央にも分かって欲しい――。
 選手に命令はしないと決めていた佐藤コーチだったが、すでに丸1年待ち続けてきた。こらえきれない気持ちが溢れた。この時、浅田の中で何かが変わった。
「今までは絶対に自分がトリプルアクセルを跳びたいから跳ぶんだって、そう思っていました。でもあの夜、信夫先生に言われて、揺れる自分がいました。気持ちが変わり始めていました」
 浅田は考えた。なぜ佐藤コーチがそこまでダブルアクセルにこだわるのか。そしてスピードのある演技にこだわるのか。そして一夜が過ぎた。

b0038294_914939.jpg

■「高難度のジャンプがなくても、質のいい演技をすればいい」
 FSの朝、公式練習。いつもであればトリプルアクセルに固執して、時間いっぱいまで何本も練習するはずの浅田。しかしこう言った。
「先生、1回だけトリプルアクセルやってきます」
 そういってトライすると、やや回転が足りないものの片足で着氷した。去年ならば間違いなく本番でも挑戦していた仕上がりだった。しかし浅田は、もうトリプルアクセルを跳ばなかった。何より、スピードをのある演技にこだわり、最後までスピードを落とすことなく練習時間を滑りきった。
「私は今年、いつもとは違う自分をシーズン初戦から見せるというのが目標だったはず。しっかり、信夫先生の理想とするスピード感のある演技をやろう

 そして浅田は自分の試合直前に、男子のSPを観戦。そこで、自分の考えを確信する。今回の男子SPでは、高橋大輔(関大大学院)も小塚崇彦(トヨタ自動車)も4回転を跳ばなかった。2人とも、スピードのある滑らかなスケーティングと安定したジャンプで他の選手を圧倒し、1、2位発進。4回転ルッツを成功させたブランドン・ムロズ(アメリカ)は、国際スケート連盟公認大会では初成功となる大技を入れながらも3位発進だった。
「高難度の4回転を入れなくても、他の部分で質の良いものをすればいいんだ」
 浅田の心は決まった。
「今の状態では、トリプルアクセルの回転が足りていないので、今回は間に合わなかったということにします」
 初めての回避だった。

■「跳ばないことは、マイナスではない」
フリーではダブルアクセルで高い評価を得ると、その後もスピードに乗った演技で会場を魅了した【坂本清】 FSは昨シーズンから継続して使う『愛の夢』。愛らしいメロディとともに、柔らかなスケーティングで滑り出す。そして冒頭、スピードを生かした流れるようなダブルアクセルを決めた。ジャッジの評価は9人中5人が「+2」と高評価。フリップ、ルッツと連続して決めていく浅田の演技に観客が引き込まれていく。
 中盤には、「ダブルアクセル+3回転トウループ」の連続ジャンプを成功。着氷後に流れのあるダブルアクセルを降りたからこそ、2つ目の3回転ジャンプをしっかりと回り切ったのだ。後半になるほどスピードが増し、ストレートラインステップでは、ワンフットステップで一気にリンクの3分の2まで流れていく、男子にも難しい見事なエッジワークも披露した。
b0038294_1113201.jpg

「スピードを出してワーっと滑っていくことで、お客さんもワーっと自分の演技に入ってくる感覚。それをやっと自分の体で感じることができました。こうやって(トリプルアクセルを)跳ばない方法も、マイナスではないんですね。スピード感が最後まで途切れることなく、信夫先生が目標にしているものにちょっと近づくことができました

 何のためにトリプルアクセルを回避したのか。それは単に、転倒を回避するという小さな話ではない。他の部分でスピードのある演技をしっかりとするためだ。その佐藤コーチの真意を、浅田は感じ取ったのだった。

 佐藤コーチは言う。
「昨日の夜、彼女は変わったのかも知れませんね」

 孤高のアスリートであった浅田は、自分しか信じるものがなかった。しかし今回初めて、コーチの意見を聞いて、自分の意思を変えた。
「自分の分からない所とか、聞きたい事を聞いて、日本語でコミュニケーションを取れるということ、これが本当に大きいんです。今、先生とも同じ方向を向いているな、というのをすごく感じています」 話しながら何度もうなずく浅田。そして照れ隠しするように「でもたまに信夫先生、単語は英語になるんですけどねっ」と小さく噴き出して笑った。

2011年11月15日 野口美恵

*****

b0038294_9212440.jpg

私が真央選手の今大会でのコメントで印象的だったのは「3A無しでも得点をもらえることが分かったので」というものでした。
これを聞いて、「ああ、彼女は自分の技術に自信が持てないでいたのだな」と感じたのです。

彼女はここ数年、「浅田潰し」ともファンの間で揶揄された度重なるルール改正により、今まで高得点をもらえていた技術をことごとく否定され、減点されるという道を辿ってきました。
そしてジャッジの権限で増減が決められるGOEや演技構成点(PCS)の総得点に対する比重が非常に大きくなったことで、ジャッジの好みやさじ加減で勝たせたい選手を勝たせることが出来る仕組みとも戦うことになりました。
その為、彼女は3Aなどの高難度の技を積み上げることにより、PCSやGOEで多少減点はあっても技術的に文句のつけようのない演技をして高い点を得ようとしたのです。
そのために「男子並み」と言われるほど難易度が高く、体力も必要とされるプログラムを最後までこなせる体も作り上げました。五輪の頃の彼女の体脂肪率は、これも男子スケーター並みと言われる7%程度だったといいます。
b0038294_924431.jpg

しかし、彼女には2008年から技術的に専門的な指導を受けられる人物はいませんでした。
フィギュアスケート選手は全員毎日つきっきりでコーチに指導を受けられる環境にあります。コーチと選手は親子かそれ以上の信頼関係を持ち、コーチのきめ細やかな指導と励ましを力に試合に臨みます。真央選手のように年に数回コーチと練習するだけであとは一人、という環境で練習をする選手はほぼゼロというか、かなり異例、言ってしまえば異常な環境といってよかったと思います。

他の選手は回転不足認定が始まった頃から、コーチの指導の下に技の難易度を落として質を高めるという「安全策」をとる方針に変えた選手も多くいます。
ですが2008年にラファエル・アルトゥニアンコーチとの師弟関係が突如途切れる事態となって以降、毎日練習に付き添ってくれるコーチがいなかった彼女には、その質の高さも自分で、手探りで模索していくしかない。毎年のように行われるルール改正も、スケート連盟のサポートはあったでしょうが基本的に自分で考えて対応していくしかありませんでした。
その中で「技の難易度を落として質を高める」というのは、彼女にとってみれば「安全策」とはとても思えなかったのだと思います。
3Aは彼女の持ち技の中では基礎点が高いジャンプですから、このような状況でそれを手放すことに非常に恐れを抱いていたのではないでしょうか。3A抜きの演技で勝てる自分というイメージを信じることが出来なくなっていたのでしょう。

そして3Aは、彼女にとってそもそもとても思い入れの強いジャンプでした。
憧れの伊藤みどりさんが跳んで代名詞にしたジャンプ。そして自分が女子ジュニア史上初めて試合で決めたジャンプ。シニアになってからも、自分と同時期に試合で跳んだ選手は中野友加里さんだけというジャンプです。自分の中で最高難度のジャンプに挑戦していきたいというアスリート的な気持ちは勿論あったでしょう。
b0038294_934995.jpg

そして、ジャンプというものは高難度になればなるほど、継続して跳んでいかないと跳べなくなってしまうという性質があります。
練習では勿論、試合で継続していくことが非常に重要になります。練習で跳べても試合で跳べないということもよくある話です。試合で跳んでいかないと、せっかくの持ち技を手放してしまうことになる。
女子の3回転-3回転が回転不足認定の導入により認められるものがほぼゼロと言っていいほどに激減し、やったことに対する見返り(得点)がびっくりするほど低くされるようになってからは、特に五輪前では女子で3-3へのチャレンジは唯一毎回認定を得ていたキムヨナ選手だけ、という事態も起こりました。
その後今年あたりからルールが再度改正されたこともあり3-3へ挑戦する選手が再び増えていますが、昔跳んでいた選手ほど取り戻すのが難しくなっている状況です。
そのため、彼女は極端な話「3Aを手放せば高得点への道は閉ざされる=トップグループから滑り落ちてしまう」というくらいの危機感を持っていたのかもしれないとこの言葉を聞いて思ったのです。

五輪後真央選手は佐藤信夫コーチに師事し、毎日しっかりとした指導を安定して受けられる素晴らしい練習環境をやっと手にすることが出来ました。
そしてバンクーバー五輪から帰国する飛行機の中で既に決意していたという「ソチ五輪での完成された演技をめざし、全ての技術を基礎からやり直す」という取り組みを佐藤コーチとともに始めました。
b0038294_944842.jpg

これは普通の人にあてはめれば「歩き方を変える」「利き手を変える」くらい難しいことと言われています。五輪後のオフシーズンだけで終わるはずもなく、しかも信夫コーチ師事が決まったのはシーズン開始の約半月前という状況だったため調整のブレなどがそのまま試合に出てしまい、「不調」と叩かれました。信夫コーチとの相性や、彼の手腕にまで疑問を呈する声も上がりました。
しかし真央選手も、勿論信夫コーチもそんな短い視点で物事を見ていなかったし、そんなに早く直るものとは勿論思っていないので、何を言われても地道に練習を重ねましたし、目先の成績に一喜一憂することは殆どありませんでした。

五輪後のシーズンということもあり一旦休むという選手も多い中、真央選手も集中した練習のために1年試合を休むことはできたでしょうが、彼女は何度転んでも、五輪メダリスト、世界女王が8位や6位という順位に甘んじても試合に出続け、ジャンプを跳び続けました。
この姿を見て、私は「やはり試合で跳ぶという感覚を保つことは非常に重要なんだな」と思いつつハラハラしながら応援していました。
その結果、真央選手は今季のNHK杯での素晴らしい滑りを見せたのです。これは単に「初戦をいい形で」というだけにとどまらない、彼らの最初の勝利だと思っています。
b0038294_955319.jpg

そして、信頼できる指導者にしっかりみっちりと、つきっきりで指導を継続して受けてきたという安心感、充実感、信頼感が彼女の力となり、試合前からのあの落ち着いた様子や試合での演技ぶりにしっかりと生かされていました。記事の中での真央選手の「信夫先生の理想とするスケートをする」という言葉が自然に出るくらいの信頼関係が生まれているのも素晴らしい。
彼女自身もしっかりと継続的な指導を受けたことで、自分のスケーティングやジャンプの技術というものに確たる自信を持つことが出来るようになったのでしょう。だからこそ、2Aで試合に臨む決断が出来たということはあるのではないかと思っています。

ここからが真央選手の本当の「五輪後のシーズン」になるのではないかと思います。
信夫コーチと真央選手の目指した方針に間違いはないという気持ちは揺るぎませんでしたが、やはりこうやってしっかり形となり結果となって、真央選手がすごくいい笑顔であったことが本当によかったと思います。
ロシア杯が楽しみですね。
信夫コーチも健康に気を付けて、これからも真央選手や小塚選手、石川選手など、沢山の素晴らしい選手や演技を作り出して下さるようにと願っています。
b0038294_962747.jpg


***おまけ***


流れるコメントを消したい方は、再生後画面右下の「…」ボタンを押してください。


<参考リンク>
浅田真央を変えた佐藤コーチの信念 トリプルアクセル回避でつかんだスピード感 -スポーツナビ

<関連リンク>
鈴木明子選手優勝、浅田真央選手銀メダル! -2011年NHK杯  2011年11月13日
神演技続出の女子SP -2011年NHK杯  2011年11月11日

キャンデロロ、女子SP結果に吠える「真央の方が難しい技をしているのに、どうしてこうなるのか?」  2010年2月25日
エルヴィス・ストイコ氏、4回転論争に吠える  2010年2月22日

悔しいけど前を向く 真央、五輪後のシーズンを終えて -「挑戦 真央らしく」  2011年5月17日
浅田真央選手、自身の練習と新体制の充実ぶりを語る  2011年3月10日
浅田真央選手、スピン1回30回転→104回転に進歩:「挑戦・真央らしく」  2011年1月31日
名伯楽と「充実の日々」 -浅田真央選手  2011年1月28日
浅田真央「復活の真実」  2011年1月10日
動画のご紹介 -浅田真央選手と佐藤信夫コーチ  2011年1月24日
安藤美姫選手が優勝!!浅田真央選手も会心の演技で2位!全日本選手権 女子フリー 2010年12月26日
小塚嗣彦コーチ、真央選手を評す  2010年12月14日
「スケートはミックスジュースのようなもの」-佐藤信夫コーチインタビュー  2010年11月30日
樋口先生、思わず涙&太田由希奈さんの温かさ -豊の部屋・真央選手出演  2010年10月25日
日経新聞の記事-「浅田真央、名伯楽・佐藤コーチと歩む新たな道 」  2010年10月1日
浅田真央選手、佐藤信夫コーチとの練習を公開&お祝い  2010年9月26日

山田満知子コーチの功罪:タラレバを承知で  2010年11月27日
「姉妹」を越えたソウルメイト-浅田舞・真央  2010年8月2日
by toramomo0926 | 2011-11-16 07:26 | フィギュアスケート


<< 海外の解説者はどう伝えたか -... NHK杯エキシビジョン >>