佐藤有香さん&ジェイソン・ダンジェンさんご夫妻インタビュー
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「チーム佐藤」といえば佐藤信夫&久美子コーチ。小塚崇彦選手と浅田真央選手を筆頭に石川翔子選手などが現在師事し、元教え子としても荒川静香さん、村主章枝選手、安藤美姫選手、中野友加里さんなど錚々たる顔ぶれで優秀な選手を育てる名伯楽として日本の第一人者的な存在。
信夫コーチは伊藤みどりさんに次いで日本で二人目のフィギュアスケート殿堂入りを果たしています。

その佐藤夫妻の一人娘であり、1992年・1993年の全日本チャンピオンであり、1994年の世界女王である佐藤有香さんは夫であるジェイソン・ダンジェンさんと一緒に米国・デトロイトに在住、自らもアイスショーに出演したり小塚崇彦選手の振り付けなどを手掛けていましたが、ジェレミー・アボット選手のコーチを引き受けたことをきっかけに現在アリッサ・シズニー選手、アダム・リッポン選手、今井遥選手など有力選手を多数手がけ、着実に選手のレベルアップと成績を残させることに成功しています。
コーチとしての年数はまだ浅いですが、キャリアにしてはものすごい実績を既に上げているお二人のインタビューをスポーツナビがしてくださっています。とても興味深い内容でしたのでご紹介します。




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世界のトップスケーターが集まる、米国の“チーム佐藤” 佐藤有香&ジェイソン・ダンジェン夫妻インタビュー
 アメリカのデトロイトに拠点を構え夫妻で指導にあたる佐藤有香とジェイソン・ダンジェン。全米トップを争うジェレミー・アボットとアダム・リッポンをはじめ多くの世界トップスケーターを抱え、今季からは今井遥(日本橋女学館高)も加わった。2人の指導方針、指導環境について聞いた。

■リッポンとアボット、全米トップ2人が同門に
――有香&ジェイソンご夫妻のもとに、世界のトップスケーターがひしめき合っていますね。

有香 本当に一人ずつ個人差があって、不思議なくらいに特徴のあるスケーターたちが集まっていると思います。恵まれたことですね。

――今年からアボットの最大のライバルであるリッポンが加わりました。
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ジェイソン アダムは6月にプログラム作りに来たのが最初でした。そして、もっと一緒にやりたいという事になって。でももともと教えているジェレミーは、ほとんど同じ成績のアメリカでのライバルなので、彼に相談する必要がありました。

有香 そこが一番難しいところで、非常に悩みました。まずジェレミーとジェイソンと私、3人でミーティングをして、私はジェレミーを優先する、アダムはジェイソンがヘッドコーチになる、それにジェイソンはジェレミーを今までと変わりなく手伝うということを伝えました。

ジェイソン それに、もしお互いがライバルだとしても、お互いが高め合う方に意識を変えて、尊敬し合い助け合えれば良いだろうと考えました。実際今はちゃんと良い環境で協力し合って、お互いがアドバイスしたり褒め合ったりしています。

――実際、アボットは良い成績を出していますね。
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ジェイソン 彼の今シーズンのゴールは、実力を出した滑りをちゃんと見せること。GPファイナル進出も決まったし、やっと調子が上がってきました。彼は2010年のオリンピック前に、精神面と身体面、両方のハードなトレーニングによってジャンプは完成しているんです。

有香 ジェレミーは演技、芸術的にも整っています。誰にとっても見本になる選手だと思います。

■今井遥は「教えられない事を全て持ち合わせている選手」

――今井遥も東京からデトロイトのお2人のもとへ、9月から移りました。
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ジェイソン 遥は非凡な才能がある。8月はケガで休んでいたが、これからシーズン後半に向けてどんどんジャンプの種類も増やしていきます。まだ18歳と若いので、まだ色々なことを吸収できるでしょう。ジャンプはもっと良くなる部分がいっぱいあるし、スピンは本当に素晴らしいです。

有香 彼女は、コーチが教えられないものは全て持ち合わせているという、すごい才能に恵まれた選手。感覚は鋭く、センスも良く、そして何でもポジティブに変えていく能力があって、すごくユニークな子です。いつも素で、自分の世界にいて、自分の感覚のみでスケートをやってきています。去年は長久保裕先生にお世話になっていましたが、一箇所に落ち着いて習ってきていないですから。若くてまだ手遅れじゃないので、選手としての教育、演技者としての教育をしっかりやりたいです。

――今はどちらがメインコーチなのでしょうか?

有香 遥は今はまだ二人で見ていますが、ジェイソンとのコネクションが良い様にも感じています。選手はそれぞれ波長があって、私とジェイソンが同じこと言っても、相手によって把握や理解の仕方も違うんです。

――今後はどんな指導を?

有香 これまでは生活環境が変わって、慣れるのに必死でしたのでマイペースにやってもらっていました。ケガで休んで9月まで氷に戻れず、すごく遅れたスタートを切ったシーズン。ジャンプのフォーム(トウの突き方)は、ケガをした理由でもあるので修正していかないと同じ結果になってしまいます。ただ、若いし勢いがあるので、やらなければならない事を一つずつやって、気付いたら上まで行っていたという事もあります。やる課題が多すぎるのですが、基本に忠実に、焦らずに、できるだけの事を教えていきたいです。

■シズニーは「精神的に強くなったと胸を張って言える」
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――2010年GPファイナル女王のアリッサ・シズニー(米国)。彼女は以前はジャンプに波がありましたが、精神的にとても強くなりましたね。

ジェイソン 彼女は昨シーズンから加わったのですが、まずは技術面から変えていきました。正しいジャンプのフォームを毎日、彼女にとってルーティンになるよう繰り返し練習したんです。それ以上でもそれ以下でもないです。彼女は以前、跳ぶ前の助走のときから何かを怖がっているように見えました。それはジャンプがルーティンになってしまえば解決することです。今は全てのジャンプの動きに一貫性がある状態まで完成しました。みんなが「彼女は精神的に弱い」とレッテルを貼ってきた。そのことが彼女をさらに弱くしていた。でも今は違う。精神的に強い選手になったと胸を張って言えるはずです。

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有香 アダムやアリッサは努力型で、毎日の生活に関しても見習う部分があります。フィギュアスケーターとして大切なこと。毎日自分を磨いていくこと。そういった部分に感心させられています。

――バレンティナ・マルケイ(イタリア)も加わりましたね。

ジェイソン ニコライ・モロゾフの所から6月に来ました。彼女も遥同様にケガを抱えていて夏はほとんど滑れなかったので、GPシリーズや国内戦の戦い方を相談した結果、とりあえず出場することになった段階。まだこれからです。

――小塚崇彦(トヨタ自動車)も振付でデトロイトに行っていますね。
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ジェイソン タカは素晴らしい子です! とてつもない技術的才能があって、タフで、試合が好きなタイプ。それに、とても経験のある有香の父(佐藤信夫コーチ)が教えているんだから優秀に違いない!
ただ今年は、皆が彼に期待し過ぎている感じがします。誰もが波はあるのに、世界選手権銀メダルの次はもっと何かを、と期待してプレッシャーをかけている。タカは本当にタフな選手だと思います。


■スケーティングの秘訣は、基礎の毎日の繰り返し

――お二人のチームの選手はみなスケーティングがスムーズだと言われます。どんな指導をされているのでしょう?

ジェイソン 特にスケーティングの練習時間が長いということは無いですが、スケーティングをやらない日はありません。毎日のプランがあって、同じ練習を毎日繰り返す。それでちょっとずつ成長していって気持ちよく滑れるようになった結果でしょう。クロスオーバー(互いに足を交差させて滑ること)とかでも、しっかり一歩一歩に乗っていくことが大切。あと、「この動きは次の動きの準備」など、動きの意味を理解することは大切だと思っています。

有香 確かに、毎日同じことを繰り返しているだけですし、他の先生が言わないような特別なことを言うわけではありません。ただ、基礎的な面は色々と注意していますね。例えばスピードのコントロール。やたら走っていれば良いものでは無く、その選手の筋力やタイミングにあったスピードが一番良いんです。そして滑れるようになって自信が付いてきたときに、もっと攻撃的になるからスピードが自然と加速していくというのが理想でしょう。

――たくさんのトップ選手が同時に氷に乗っているのでしょうか?

ジェイソン 僕達のデトロイトのリンクには、一つのオリンピックサイズ(国際規格の60m×30m)と二つのNHLサイズ(国際規格より小さい)があって、選手は自分が出る大会に合ったサイズの方のリンクで練習するよう分かれています。日本とヨーロッパの試合はオリンピックサイズ、北米の試合はNHLサイズで行われることが多いので。

有香 GPシリーズは世界各地に行くので、それぞれの選手に合ったサイズに分かれて練習できる。すごく恵まれた環境です。でも、私達2人はほとんど氷に乗りっぱなしですね。毎日が楽しいですし感謝の気持ちで一杯ですが、時間に追われて必死に一日一日を過ごしている状態です。

■お互いの性格や指導法を補い合える、夫婦コーチ体制の利点

――お二人が夫婦で教えているという体制についてはいかがでしょう?

ジェイソン とても心強いし、お互いがジャンプを一緒に観て相談しあったりできるのが良いです。有香は技術を見る目が優れていて、全体を見渡すのがうまいです。僕のほうが細かい技術やコツを教えるタイプ。選手によってスタイルが違うので、合う指導法、解決法を相談しあっていけることが良いですね。

有香 私とジェイソン、二人とも性格が違って、お互いに無い部分を相手が持っています。厳しいところも緩いところも、お互いがそれぞれ持っている。そのため、色々な選手に対応できることが良いでしょうね。

――コーチとして大切なことは?

ジェイソン 目標、目的をはっきりとさせることです。毎日はとても基本的なことの繰り返して、ともすると何のためにやっているのが見失う。旅の目的地をちゃんと話し合って定めることですね。

有香 全体的にバランス良くトレーニングしていくことが一番大切でしょう。特別なことを教えているわけではなく、これはフィギュアスケートにとって大切だなという感覚的なものを、毎日ちょっとずつ注意して、それが積み重なって選手もできるようになっていくのだと思います。

――ありがとうございました。

2011年12月9日 スポーツナビ

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なかなかコーチをしている方にここまでじっくりと、しかも抱えている選手全てにおいてお話を聞ける機会はないので、すごく興味深かったです。

特に、アボット選手を受け持っていたところに、同じ国の、同じトップレベルで戦う=ライバルになりうるリッポン選手がチームに参入するということで、話し合いをしたというところはなるほどと思いました。
フィギュアスケートの指導者が同じ国のトップ選手を複数引き受けるということは、ゼロではないかもしれませんが殆どないので、事前に選手ときっちり話し合い、安心させ、明確に指導方針を示すことで無用なトラブルを避けたのです。

コーチは選手を勝たせるために存在するわけで、どちらかを負けさせるわけにはいかない。
これが国籍が違うとか男女の別があれば出場枠などは関係なくなりますから問題ないですが、世界選手権やオリンピックなどで出場枠を争うことになる同じ国のトップ選手を複数受け持つことは、どのコーチもなるべく避けているように見えます。
選手の側もコーチを変えるときにはそのあたりに気を遣います。他の選手からコーチを横取りするようなことになってはいけないからです。
高橋大輔選手がニコライ・モロゾフコーチのもとを離れた原因は「ある意味」そこにあり、また、浅田真央選手が日本でコーチを探すことに苦労し、昨年まで日本人コーチにつけなかった理由もそこにあります。言ってみれば、中野友加里さんがもし大学卒業を機に就職せず、もっと長く現役を続けていれば、真央選手が佐藤コーチにつくことは難しかったかもしれません。恐らく真央選手は佐藤コーチに師事したくとも、オファーをしなかったろうと思います。

しかし、有香さんとダンジェンさんはアボット選手としっかり話し合い、先住者(?)のアボット選手への指導体制をリッポン選手が参入しても影響がない形にして、円満に問題を解決しました。むしろライバル選手が常にそばにいることで、二人とも良い刺激を受けているようです。素晴らしいことです。
有香さんは以前も、小塚選手の振り付けを担当していたところアボット選手よりコーチ&振り付けの依頼を受けた際、小塚選手に事前にきちんと話を通して、了解を得てアボット選手を引き受けたという経緯があります。
こうやってしっかり筋を通し、選手に不満が残らない形ですっきり解決するというのは日本人らしいという気もしますね。でも大事なことだと思います。
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2010年フランス杯での小塚選手と有香さん。

私が考えるに、モロゾフコーチはその辺りの選手への精神的ケアを怠ったために、高橋選手を逃がしてしまったということは大いにあると思います。
高橋選手はモロゾフコーチが織田選手をリクルートしていたことを、彼がチーム・モロゾフに参入するという「報道を見て初めて知った」と話しています。これでは選手は不安になるし、コーチを信頼できなくなるのは仕方のないことです。高橋選手はモロゾフのもとを去るしかなかったという気持ちはすごく理解できます。
この件は織田選手が悪いのではなくて、モロゾフのマネージメントの失敗と私は思っています。先程「ある意味」と書いたのはそのためです。
高橋選手と織田選手は、彼らの人徳のおかげでこの事件を経た今も普通にチームジャパンとして付き合っていけているからいいけれど、もしかしたら二人の選手同士としての友人関係も断絶していたかもしれなかったほどに重大なミスでした。
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2010年グランプリファイナルにて。


遥ちゃんへの言及も嬉しかったですね。非常に能力を高く評価されている。
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怪我でスタートがおそくなってしまったけれど、昨年までの女性らしい滑りということより一歩進んだ、滑らかなスケーティングと花が咲いたような表現力の萌芽をすごく感じたので、これから彼らに継続して指導を受けて、練習が軌道に乗ったら、実は大化けしそうな気がしています。ジャンプの跳び方が今回の怪我に繋がったような話でしたが、そこをきっちり直してもらって、是非一回り大きくなってほしいですね。とりあえず全日本は注目したいと思います。


シズニー選手についてダンジェンさんが話していた「彼女は以前、跳ぶ前の助走のときから何かを怖がっているように見えました」というのはすごくよくわかりました。私も同じような印象を抱いていました。
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まだ少しそういうところを見せる時もありますが(特にフリー)、でもかなり自信を持って滑れているように思います。
ジャンプの動作をルーティンにしていくというのは、きっと真央選手が受けている指導にも共通する点があるんだろうなと思います。真央選手も踏切の直前にググッと沈み込む癖がなくなり、足を振り上げてからそのまま踏み切る昔のジャンプが戻ってきていますし。
マルケイ選手も6月からだったんですね。彼女もこれから二人にスケーティングを磨かれれば、もっとPCS(演技構成点)も上がるでしょうし、もともと演技力のある選手ですから滑りの面で認められればもっともっと上に行くことが出来ると思いますね。すごいなあ。ここのチームは見どころある選手が多い!!


そしてダンジェンさんが小塚選手を褒めてていたのも嬉しかったです。
「周りがもっと上をとプレッシャーをかけている」という話がありましたが、それは小塚選手本人にも言えるような気もします。彼としては世界選手権銀メダルの次に目指すのは世界王者ですから当然のことなんですが、それと戦っていくしかないですね。今季彼は靴が合うものがなかなか見つからず苦労しているとのことなので、それもちょっと影響してるんでしょうね。
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コーチとして大切なことは?という最後の質問の二人の答えがすごく頷けて、この二人に指導されたら完璧な選手が出来るというか、受け持った選手がどんどん伸びてきている理由がわかるような気がしました。
有香さんの言う通り基本に忠実な練習を継続的にすることも大事だけれど(信夫コーチに育てられ、正確なスケーティングを世界に認められている有香さんだからすごく説得力がある)、それを根気よくやるにはダンジェンさんの言う通り選手ときちんと話をしてゴール地点を確認し合って行くことも非常に重要です。
良い指導者の話は聞いていてとても興味深いし、勉強になりますね。スケートをやっていなくても、こういうポイントは普通に仕事をする上でも役立ちそうな気がします。


9日からグランプリファイナル。有香さんとダンジェンさんの教え子ではアリッサ・シズニー選手とジェレミー・アボット選手が出場します。
お二人は勿論、すべての選手の皆さん頑張って下さい!


***おまけ***
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ペアを組んでアイスショーに出ていた頃の有香さん&ダンジェンさん。


<参考リンク>
世界のトップスケーターが集まる、米国の“チーム佐藤” 佐藤有香&ジェイソン・ダンジェン夫妻インタビュー  -スポーツナビ 2011年12月9日

<関連コラム>
祝・佐藤信夫コーチ、世界殿堂入り!   2010年2月12日
<おもしろ動画>フィギュアスケーターでホットペッパー  2010年1月20日
by toramomo0926 | 2011-12-09 19:27 | フィギュアスケート


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