浅田真央は「トリプルアクセルにこだわり過ぎ」 なのか -伊東スケート連盟委員長の発言に思う
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遅ればせながらつい先ほど、伊東秀仁・日本スケート連盟フィギュア委員長 の下記の発言を目にしました。先日終了した世界選手権(女子)についてです。


「鈴木は進化していて、すごい。浅田は(トリプルアクセルに)こだわりすぎ。2回転半でも勝てるのに。勝負は勝たなきゃいけない」


これを見た時、正直ショックでした。選手の活動をサポートする機関の筈のスケ連のエラい人が、ここまでアスリート心理というものに疎いのかと怒りもわきあがってきました。
ここでトリプルアクセルを跳ぶのがシーズンの目標だった選手に対し、挑戦せずに諦めろというのでしょうか。

そして、浅田真央選手は本当に孤独で、孤立無援という状況にいるんだなと悲しくもなりました。




伊東委員長の言いたいことは分かります。
真央選手はショートプログラムもフリーもダブルアクセル(2A)でいけば、演技構成点は出場選手中2位でしたし、彼女の2Aはとても質が高い。最初のジャンプがうまくいけば他のジャンプもあそこまで崩れなかった可能性も大いにあるので、表彰台に乗れた可能性は充分あったでしょう。

そもそもフィギュアスケートにおいて世界選手権は、オリンピック以外の毎年行われる試合の中では一番重要な大会とされており、世界選手権で優勝、またはメダル保持者というのは引退後のアイスショーへのオファー等も全く違ってくるという、選手の人生にも大きく影響を及ぼす大会です。
そして世界選手権はその順位によって翌年の同大会の枠取りを決める大会でもあります。出場選手が大きく崩れれば、翌年の派遣選手枠を減らされる可能性もある。きっとそういう意味でもハラハラしたんだろうと思います。

真央選手はかなりジャンプが安定してきていましたし、スケーティングも格段に向上した。なので連盟としては真央選手には優勝、最低でも表彰台乗りを期待したのだと思います。勝ち負け、順位を一番のプライオリティとしている訳です。
ですが、恐らく真央選手はそうじゃなかった。真央選手の最終目標はソチ五輪であり、今大会も自分のスケートを再構築する長期的計画に基づいた段階の一つで、今大会の達成目標は勝利や順位ではなく、「トリプルアクセルの成功」にあったと思うのです。そう考えると、今回アクセルに失敗した真央選手がかなり動揺した演技となってしまったのも説明がつくように思います。
真央選手がニース入りしてから絶不調に陥っていたので、連盟としてはこの状態でトリプルアクセルを入れるのはあまりにも無謀に思えたのかもしれません。それはわかります。ですが彼女としては跳ばない選択はありえなかったんだと思います。このために1年やってきたのですから、失敗するかもしれなくても挑戦せずに回避するということはありえない。
かように連盟と真央選手とで、今年の世界選手権での目標を何に据えるかという視点が決定的に違っていたのではないかと考えます。
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そういう意味で、真央選手は芯からアスリートなのです。
伊東委員長などは真央選手をそれこそジュニア、ノービスの頃からずっと見てきています。どういう考え方をする選手なのかはよく分かっている筈です。
それに、何故佐藤コーチも認めた(奨励はしてないだろうけど、真央選手の信念を理解し尊重した)この挑戦に突然口を出してくるのかもわかりません。
不満があるなら本人や信夫コーチに直接苦言を呈すれば済むのに、なぜわざわざ「こだわり過ぎ」などと全く選手心理を理解しない、スポーツ新聞の付け焼刃記事みたいな発言を対外的にするのかも理解できません。普通なら新聞がそう書いても(そして個人的にはそれに同感だとしても)、フォローするのが関係者というものではないかと思うんですが。
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日本スケート連盟って、真央選手の残す成績と人気の恩恵にたっぷりあずかっているのに、真央選手が助けを必要とする時には絶対に手を差し伸べようとしないのが本当に不思議で、真央選手がつくづく不憫になります。
2008年にラファエル・アルトゥニアンコーチと突然契約解除となった時にも、間近に迫っていた世界選手権に随行するスタッフは派遣したものの、新しいコーチ選びには全くといっていいほど手を貸さなかった。五輪までに真央選手に不利となるルールが次々決められていった時にも全く動こうとしなかった。また、これは真央選手だけの事ではないですが、試合のリンクが通常の試合用リンクのサイズよりもかなり小さいことを現地入りするまで確認しておらず、選手は試合の直前になってジャンプの踏切り位置などを調整し直す羽目に陥ったこともあります。
選手達は本当にフィギュア人気や競技の隆盛に尽くしているのに、それに報いることを全然していないように見えるのが非常に歯がゆく、ファンとして悔しいです。厚遇はしなくても、せめて冷遇はしないということはできないのでしょうか。
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それに、何故伊東委員長はこんなことを突然言い出したのでしょう。
高橋大輔選手や小塚崇彦選手の4回転への挑戦に対して、そんなことを連盟が言ったという話は聞いた事がありません。
彼らだって4回転を試合で成功させることに非常に苦戦しています。失敗することが殆どで、ほぼバクチに近い状態だったのです。決められるようになってきたのは今シーズンからで、それでも成功の確率は高いとは言えません。
今のルールでは男子は文字通り4回転を跳べないと話になりませんから、むしろ「跳べるようになれ」と言うでしょうが、バンクーバー五輪シーズンにしても、そんな話は全く出なかった。
あの時はルールが今とは違い、高難度の技に挑戦して失敗するよりも、難易度を下げた技を完璧に決めた方が結果的に得点が高くなるという、非常に難解かつ不条理なルールが幅を利かせていました。なので高難度ジャンプに挑戦する選手はかなり不利となり、わざと難易度を落として演技する選手も増えました。結局バンクーバー五輪では、四回転を跳ばないことを選択した選手が金メダリストとなりました。
ですが高橋選手は「自分の目指す最高の演技には四回転が入っている」、小塚選手は「ソチ五輪までのことを考えると四回転は必須となる。そのためには今から跳んでおかないと間に合わない」と言って四回転を演技要素から外すことは一度もありませんでした。
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小塚選手は五輪で初めて四回転を決めることができましたが高橋選手は失敗、銅メダリストとなりました。しかし4回転を回避して演技をまとめていれば、もっと上のメダルを取れた可能性はありました。
その彼らに、果たして連盟は「4回転にこだわり過ぎ。3回転-3回転だけでも勝てるのに。勝負は勝たなきゃいけない」と言ったでしょうか?
なぜ真央選手にだけそのような事を言うのでしょう?
真央選手の考えも高橋選手や小塚選手と全く同じでしょう。彼女の目指す最高の演技にはトリプルアクセルが入っているし、ソチ五輪を考えてのここ2年のスケート技術の再構築、ジャンプ修正に取り組んできたわけですから。
そして高橋選手は失敗を何度重ねても諦めずに跳び続けたからこそ、今年の世界選手権での四回転成功があるのです。

ジャンプは、特に高難度のものほど、練習で跳ぶのと試合で跳ぶのとは別物です。練習で跳べても試合で跳べないというケースは沢山あります。緊張感の中で曲に合わせて跳ぶという事は、練習場で思い切り助走をつけて自分のタイミングで跳ぶという事とは全く感覚が違うのです。
だから、たとえ失敗してもそのジャンプを試合で入れ続けなければ本当には跳べるようにならない。それはスケート連盟だってわかっているはずです。

本当に今回の伊東委員長の言葉には失望しました。もっと選手の心情、状況を理解して、選手をなるべく良い環境、不利にならない状況のもとで試合や練習をさせるという努力をしてほしいと思います。僭越ながら。


うまく出来ることだけをやってればいいというのならそれはスポーツじゃない。少なくともトップアスリートにとってのスポーツではない。そして真央選手にとってのフィギュアスケートも、そういうものではないんだと思います。
私はそういう彼女の考えに共感するし、応援していきたいと思ってきました。そして彼女がスケートを続ける限りずっと応援します。
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<参考リンク>
鈴木3位で初メダル!佳菜子5位、真央6位  2012年4月1日 サンケイスポーツ

浅田真央という道  -やっちのブログ「Just Like an Amaranth」 2012年4月5日
*原題は"Mao Asada -The Fight Must Go On"。World Figure Skatingのサイトの記事を、やっちさんが訳して下さっています。


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by toramomo0926 | 2012-04-04 14:01 | フィギュアスケート


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