城田憲子さんコラム「日本のメダリストのコーチたち~佐藤夫妻(4)」
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スポーツ報知のサイトで、元アイスダンス選手で元日本スケート連盟フィギュアスケート強化部長(2006年不正経理問題で引責辞任・2009年連盟に復帰)の城田憲子さんのインタビュー記事「城田憲子のフィギュアの世界」を連載しています。(日経新聞のコラム『フィギュアの世界』とは別です)。

今回は佐藤信夫・久美子夫妻のへインタビュー4回目。世界選手権があったこともあってか掲載が遅れていましたが、約一か月ぶりの更新です。



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日本のメダリストのコーチたち~佐藤夫妻(4)
 村主章枝に荒川静香、さらには安藤美姫…。佐藤夫妻が面倒を見てきた選手は、次々と世界に羽ばたき好成績を残した。

 城田「有香ちゃんの世界選手権優勝が94年。その後、先生たちが育てたメダリストといえば、章枝ちゃん(村主章枝)ね。彼女のことは、世界選手権に出る選手になった後、途中から信夫先生に頼んだのよね」

 信夫氏「最初に僕が彼女を預かった頃は、世界で10何番くらいだったね(97年世界選手権18位、99年世界選手権20位)」

 城田「あの頃の女子は、みどりちゃん、有香ちゃんと世界チャンピオンが続いて、世界選手権の3人の枠をずっと持ってた。でもその勢いが一度途切れちゃって、誰を出しても10番以下って時代だったんですよ。そのベスト10の壁をようやく越えてくれたのが章枝ちゃんで」

 信夫氏「最初に僕と世界選手権に行った年(01年)に、7番になったのかな」

 城田「そう。章枝ちゃんも変わった子だから、先生も大変だったと思うけれど(笑)。そこをなんとかお願いしてね」

 久美子氏「章枝ちゃん、変わってるけれども、とても真面目だった。特に最初にうちに来た頃は、まだ若かったしね」

 城田「ちゃんと先生たちの言うこと聞いてた?」

 久美子氏「うん、ちょっと融通の利かないところはあったけれど(笑)、根は真面目だったから。言われたことをとても良く理解して、練習も一生懸命やろうとする。ただ、やろうとするけれど、ちょっとズレてるところはあったかな(笑)」

 城田「その章枝ちゃんが銅メダルを取ったのは、ワシントン(03年世界選手権)でしたっけ?」

 信夫氏「いや、最初は長野(02年世界選手権)。ソルトレークシティー五輪直後のです」

 城田「その後、03年のワシントンでも銅だったんだ。彼女は連続してメダルを取っているのね。あの頃、ソルトレークシティー五輪の前の全日本なんて、女子の1、2、3位が全員、佐藤先生の教え子だったものね(1位・村主、2位・荒川、3位・安藤)。当時の充実した章枝ちゃんは、精神的にはどんな風でした? 外からは、すごく淡々と練習してるように見えたけれど」

 久美子氏「とてもいい状態ではあったのよ。でも彼女も色々な経験をして、もっと先に進むためにあちこちに出かけていく。そうすると、色々なことを頭で考えるようになってしまったみたい…。それは選手たち、みんなにある傾向だけれど」

 信夫氏「彼女もそうだったし、男の子の選手にも多いけれど、自分の頭で計算して練習するようになってしまう。そこから、ちょっと苦しむこともあるんだね…」

 久美子氏「とは言え、頑張って良くやった選手ですよ」

 城田「章枝ちゃんはトリノ五輪は銅メダルでもおかしくなかった選手よね。ちょっとかわいそうだったな…。トリノの最終グループに日本選手が3人入っていれば、メダル2つもあり得たんだけれど」

 久美子氏「まあでも、終わってしまえばすべて『たられば』ですから。章枝ちゃんもまだ頑張って、選手を続けてるし」

 信夫氏「彼女に話したんですよ。一般的に選手は、このあたりの年齢で一番いい時代が終わる。そこからは、頑張れば芸術性とかの面で少し良くなるかもしれない。スケートの奥深さも出てくるかもしれない。だけど競技では、それよりジャンプやら何やらが前面で評価されてしまうから、トータルで見たらやっぱり成績は下がってしまうかもしれないよ。その点だけは、しっかり理解してやりなさい、と」

 久美子氏「それでも章枝ちゃんは、続けてる。やっぱりまだまだ、もっとやるべきことがある、やりたいことがあるって…。選手はみんな、そう思うのよね。現役で、試合で、自分はもっと出来ることがあるんじゃないか、って。だから最近の選手はみんな、ある程度の年齢が来てもやめないじゃない?」

 城田「本当ね」

 久美子氏「でも、この間も静香ちゃんと話したんですよ。彼女のオリンピックの映像、今でもよく放送されるでしょう? それを見ると、やっぱり元気いっぱいだね、って。『あの頃より、今のあなたの方が上手だし、スケートだってずっときれいよ。だけどあの若さというものには、素晴らしいものがあったわね』って話したの。そうしたら本人も、『そうですよね。やっぱり何を持ってしても、若さには勝てません』って言ってた。『若いうちは、若さという勢いで、下手な部分を隠してしまうことだってできる。でも今の自分には、欠点を隠してくれるものがない。だから若かった頃より、さらに上手に滑らないといけないんだ』って。そんなことを話したの。確かにそうよね。だから選手として競技に出るとしたら、若さか、うまさか、どちらかがないとダメでしょうね」

 城田「それが、今も競技を続けてる章枝ちゃん。そして、もう決して若さだけではすまない選手たち―崇彦君や真央ちゃんにとっても、今後の課題になっていくんでしょうね…。でもさすが静香ちゃん、分かっているわね!」

 久美子氏「あの人はやっぱりすごいですよ。なんでもちゃんと分かっている」

 城田「しっかりしている。きちんと計算できるところもあるし(笑)」

 信夫氏「静香は自分を良く知ってるんですよ」

 城田「静香ちゃんのことも、最後の最後、トリノ五輪の前に先生たちのところに頼んじゃったのよね。タラソワがやめて、モロゾフはいてくれるけれど、やっぱり女の人がついてないといけない、って。先生たち、なかなかOK出してくれなかったけれど。最初に久美子先生に『静香をお願い』って言った時は、『主人がオーケー出さないと…』みたいなこと言って(笑)。で、信夫ちゃんに言えば、先生は先生で『うーん…』とか渋って」

 久美子氏「だってあの頃は、章枝ちゃんもいたし! やっぱり主人に手伝って貰わないと、私だけでは何も出来ないしね」

 城田「そうよね、大変だったのよね。それでも最後には久美子先生がしっかり引き受けてくれて。あの時の久美ちゃんの力がなかったら、やっぱり静香ちゃんの金メダルはなかったですよ」

 久美子氏「そんなことはないでしょうけど(笑)。でも私もね、トリノが初めてのオリンピックだったから」

 城田「え、そうだったの?」

 久美子氏「うん、いつもはオリンピックにはお父さんが一人で行って、私はお留守番だから。だからコーチ業初めてのオリンピックで、いきなり金メダル」

 城田「ええっ! それはすごいじゃない(笑)」

 久美子氏「一方でお父さんは、まだオリンピックの金メダルは無いからね。だから私の方が偉いんです(笑)」

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 城田「なるほど(笑)。そんな静香ちゃん、章枝ちゃんたちの時代。あの頃は本当に、みんなで一緒にスケーターを押し上げようとしてましたよね。表彰台の上に日本選手を上げるために、コーチも連盟も、みんなが一つになっている、そんな時代があったのよね。そして選手たちも、やっぱりすごいメンバーなのよ。先生のところでメダリストになった章枝ちゃん、静香ちゃん。それから、メダルには届かなかったけど世界選手権の4番までいった中野友加里ちゃん。先生のところを出てからだけれど、2回世界チャンピオンになった美姫ちゃん」

 久美子氏「この間もそんな話をしたけれど、やっぱりね、巡り合わせなんですよ。章枝ちゃんにしても、静香ちゃん、友加里ちゃん、美姫にしても…。そんな選手に出会えてきたこと。そのことが私たちにとっては幸せ。『もし次に生まれて、もう1回スケートのコーチをやったとしても、こんなラッキーな先生にはなれないかもしれないね』って、この間もお父さんと話したの」

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 城田「みんな『佐藤学級の生徒』と呼んでいい、基礎の巧さを持ってるのよね。卒業した選手たちだって、今でもみんな先生の教え子、って感じでしょう? 先生たちの世話になって、なんのかんのあってもやっぱり佐藤学級で学んだから、それぞれの道に進んで行けた」

 信夫氏「いやいや、僕なんて静香にこき使われてますよ(笑)。この間もモスクワのグランプリの帰りに…」

 久美子氏「お父さん、静香ちゃんの靴を預かって、持って帰って来たのよ!」

 信夫氏「僕が安請け合いしたんだけどね(笑)。『この後すぐ、海外のショーに行かないといけない。でも靴はメンテナンスしなくちゃ…』って言うから、『じゃあ、そのくらい簡単だよ。いくらでもやってあげるよ』と」

 久美子氏「まあ、お互いさまで(笑)。私たちも変わってるけれど、やっぱりトップのクラスの子たちって、みんなどこか変わってるじゃないですか」

 城田「そうね、みんな変わってる(笑)」

 久美子氏「普通の子はいない。普通では、チャンピオンになれない。そんな子たちとこうして巡り合えること自体が、普通じゃなかなかないことだね、って思うのよ」

 城田「そんな選手たちを立派に育てて、信夫先生もフィギュアスケートの殿堂入り。今年、表彰式もあったのよね(2月、米コロラドスプリングスの四大陸選手権)。改めておめでとうございます」

 信夫氏「ありがとうございます(笑)」

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 久美子氏「これだけの選手たちに出会えたからこそ、お父さんも殿堂に入れて貰えたのよ。うちの小さな生徒たちなんかね、『信夫先生は電動で動いてるの?』なんて言う(笑)」

 城田「『でんどう』違いね(笑)」

 信夫氏「『先生は乾電池で動いてるの?』って聞くから、『違う、僕はアルコールで動いてる』って(笑)」

 城田「お酒に助けられて、信夫先生もいつも元気でいてくれるから(笑)。だから私も、いつも難問を押しつけちゃうのよ。『信夫先生、お願いします』って。今はまた、ずいぶん大きな難問を抱えているわけですけれど…」


2012年5月12日 スポーツ報知

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今回もとても興味深い話が聞けました。
こうやって読んでいると、文字通り佐藤夫妻が今の日本フィギュアの隆盛を作ったんだなと改めて思いますね。特に女子においては、世界トップになった選手で教えてないのは伊藤みどりさんだけじゃないですかね。佐藤有香さん、荒川静香さん、村主章枝選手、安藤美姫選手、中野友加里さん、浅田真央選手・・・男子でも小塚崇彦選手を世界選手権銀メダリストに育て上げました。錚々たる顔ぶれです。
その中で「普通の子はいない。普通では、チャンピオンになれない」という言葉は、ちょっと重みがありました。面白くもあったけど(笑)、やっぱりどこか非凡なところを持った子が残るということなんでしょうね。


久美子先生の話が今回も変わらず茶目っ気あって面白いです。五輪のキャリアにおいては自分の方が上だと(笑)
確かに、言われてみるとそうかー!と(笑)まあお二人は選手には少しでも良い演技をしてほしいと望んでも、そういうコーチとしてのステイタスは全く求めていないのは分かるんで冗談になるんですけどね。

そして荒川静香さんはやはりというべきか「自分を良く知ってる」人という佐藤夫妻の評には深く頷きました。
彼女の引退の決断(タイミング)も含めてのプロスケーターになってからの言動というのは、すごく「自分(の位置・役割)を知ってる」上でのことだというのがよくわかったからです。やはり聡明な人なんだなと言う印象を強くしました。すごく素敵に生きていらっしゃいますよね。
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城田さんの「表彰台の上に日本選手を上げるために、コーチも連盟も、みんなが一つになっている、そんな時代があった」と過去形で話していたところは考えさせられました。ということは、今は一枚岩ではないということですよね。まあ見ていて推測は出来ていましたが、やっぱりそうなんだなと思いました。
選手の姿勢は、代替わりしても同じだと思うんですよ。試合で自分の課したハードルを越えたい、ミスのない納得した良い演技をしたい。
変わってしまったのは、きっと連盟なんだろうなあ・・・昔は「何とか日本選手を表彰台に乗せるために」上だけを見ていればよかった。でも今のように日本選手が上位に来るのは当たり前で、常に優勝争いをするようになってしまってからは、多分そういうハングリーさというか謙虚さが失われているんだろうなと思います。
とにかく勝て、順位を落としたら批判を浴びる、枠が減る、せっかく築いたフィギュア大国の名に傷がつく・・・


そうだとしたら、連盟は驕り過ぎですよね。勝ちをもたらすのは、良い演技をしているのは選手であって連盟スタッフではないし、その栄誉を称えられるのも連盟ではないんですよ。選手、せいぜいコーチまでです。
連盟はあくまで黒子であり、選手がストレスなく練習や試合に臨めるように事務手続きをスムーズに済ませ、試合会場を事前に調査するなどのサポートに徹するべきなのです。それ以上の事を望むべきではないし、欲を出すのはお門違いです。

確かに荒川静香さんを見出した野辺山合宿など連盟の取り組みが選手を育てた面は大きいし、連盟のサポートがなければ現在の日本はなかったという面はあるでしょう。ですが「連盟」としての働きとしては世界トップの他国と比べて充分かと言われればそうは思えませんしね。
ISUへのロビー活動や日本選手に不利になるようなルールが制定されるのを防ぐ大きな役割を負っているのは勿論ですが、小さいところでも、TVや動画を通して見てるだけでも「ちゃんと仕事をしているんだろうか」と思えることはちょいちょいあります。

とりあえず、海外の試合では今になってもマトモな通訳を雇う事すらしていませんよね。
ネイティブじゃなくても分かるような間違いや、選手の発言の20%も訳していないような通訳を公式の会見で使っている。「通訳」を雇う事すらしておらず、連盟のスタッフを代行させることも多いです(その方はネイティブとは思えない仕事ぶりでした)。
米国在住のライターである田村明子さんは、取材者として訪れたフィギュアの試合の会見で通訳の余りの酷さに選手が不憫になり、自らの取材活動を中断して通訳を買って出たこともあったそうです(彼女の著書に載っていました)。
これだけ選手に儲けさせてもらっておきながら、選手の気持ちを世界のメディアに伝えるための通訳もろくに雇えないほどお金がないとは言わせません。



これは2011年ロシア杯でのもの。ちょっと酷いですよね。


城田さん自身、経理(=お金)においての不正を理由に一旦は追放されている訳ですし(どういう理由で戻ってきたのか、またそのような理由で追放した人を数年で戻す連盟の考えもよくわかりませんが)。
城田さんも昔を懐かしがるだけではなく、自身の反省も踏まえて、せっかく戻ってきたのならもっともっと選手の為に、橋本聖子会長とともに世界で戦うにおいて、ISUの動きに対して日本選手をしっかり守る姿勢を見せて欲しいです。


それにしても「佐藤先生は乾電池で動いてるの?」「いや、僕はアルコールで動いてる」のやりとりはフィギュア史に残るものだと思います(笑)。かわいいですね。確かに小さい子は「殿堂」なんて知らないですよね。「さとうせんせいがでんどうだって!」と大騒ぎしていたら、「信夫先生は電気仕掛けだったのか・・・・」と思いますよねきっと(笑)
信夫先生の返しも秀逸です。本当にお酒がお好きなんですね(笑)。普段、練習の様子や試合での取材の様子を見ると厳格なイメージがありますが(小塚選手も信夫コーチのカミナリは相当怖いらしいですし)、笑うととっても優しい表情になりますね。練習の時以外はとっても優しいと真央選手も話していますから、きちんとオンとオフの切り替えの出来る素晴らしい師なんだろうなと思います。
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このインタビュー記事はまだ続きます。
城田さんの言う「今はまた、ずいぶん大きな難問を抱えているわけですけれど・・・」というのは真央選手のことだと思われますが、次回はいよいよ今の教え子の話になりそうですね。
キャリアが長いから今の教え子にたどり着くまで4回の更新が必要でしたが(笑)次回も楽しみです。
城田さんは、彼女の世界選手権の総評によれば、真央選手を、連盟の伊東委員長同様に「3Aを跳ばなければ―という使命感に振り回され/3Aが全てではなく…」と考えているようですので、彼女の次回の言葉いかんでは(また)激怒記事になるかもしれませんが・・・(笑)
楽しみに待ちたいと思います。でもまた1ヶ月かかるのかなー(笑)


<参考リンク>
城田憲子のフィギュアの世界 -スポーツ報知
先生、殿堂入りおめでとうございます。 -真央ブログ 2012年2月13日

<関連コラム>
城田憲子さんコラム「日本のメダリストのコーチたち~佐藤夫妻(3)」  2012年4月5日
城田憲子さんコラム「日本のメダリストのコーチたち~佐藤夫妻(2)」  2012年3月25日
城田憲子さんコラム「日本のメダリストのコーチたち~佐藤夫妻(1)」  2012年3月9日

四大陸選手権・女子シングル  2012年2月15日 
*佐藤信夫コーチがこの大会の開催期間中に殿堂入りの表彰を受けた時の写真があります。

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by toramomo0926 | 2012-05-13 06:34 | フィギュアスケート


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