鈴木明子選手、ソチ五輪挑戦について語る
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産経エクスプレスに連載中の「鈴木明子のHAPPY SKATING」において、明子選手がグランプリファイナル後にソチ五輪挑戦を明言したことについて、彼女の考えを語ってくれています。

「「ソチ五輪挑戦」 腹くくった」 鈴木明子のHAPPY SKATING -2013年2月27日




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「ソチ五輪挑戦」 腹くくった
 今年から「ソチ五輪を目指している」と枕詞(まくらことば)がつく鈴木明子になりました。年末のフィギュアスケートの全日本選手権後の会見で、五輪シーズンに臨むことを正式に発表しました。

 「ソチ五輪に出たい」と、気持ちが完全に固まったのは、選手権の約2週間前にソチの五輪会場で行われたグランプリ(GP)ファイナルのエキシビションの練習のときでした。その前に行われた大会一夜明け取材のときには、まだ決めていなかったのですが、会場のリンクでエキシビションのために滑っていたとき、「やっぱり自分はスケートが好きだな」という思いを改めて実感できたのです。

 現在、27歳。自分が現役をどこまでやれるんだろうかと考えたとき、「五輪にもう一回挑戦してみたい。最後の最後に大きな挑戦をしてみるのも、自分らしくていいかな」と腹をくくったのです。今季は開幕前からずっと、「ソチ五輪を目指す気持ちは固まりましたか」と質問されることが多かったのですが、言葉を濁してきました。いま振り返れば、自分の中で、自分がソチ五輪に行ける確信が芽生えないと、宣言できないととらえていたように思います。

 だけど、ソチに実際に足を運び、青と白で配色された素敵な会場を見て、ソチ五輪に行けるとか行けないということは後回しにして、まずはチャレンジしていくことのほうが大事なんじゃないかと考えが改まっていきました。「本当は自分はチャレンジしたいけど、いけなかったら…」。そんな不安もありました。でも、最終的に五輪に行けるかどうかは、誰にもわからないことです。それなら、最後のシーズンをやれるところまでやってみようと、気持ちが変わったのです。


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会場のアイスバーグパレス。


 ■決めて、楽になった
 ソチ五輪を目指すと決意が固まってからは、実は気持ちが楽になりました。

 あと1シーズン、最後までやりきろうと思えるようになったからです。本当は、ずっと心のどこかでやってみたいと思っていたけど、表に出すのが怖かったのかもしれませんね。

 少し驚いたのは、「ソチのオリンピックシーズンまで頑張ります」という前向きな現役続行の意思表明が、翌日の新聞などで「鈴木明子、ソチを最後に引退」となったことです。

 「えっ、ソチシーズン以降もやると思われていたのかしら」ってびっくりしました。ファンの方から届いた手紙にも「寂しいです」って書いてありました。むしろ続けることを喜んでもらえると思っていたので苦笑いしましたが、私の演技をまだ見たいと思ってくれているということなので、うれしさもわいてきました。ファンのそんな思いも頑張る活力にしたいです。

 最近は、年齢のことを聞かれることがとても増えました。フィギュアスケートでは、この年齢で五輪を目指すということが、よほど珍しいことのように映っているようです。ただ、そんな状況が決して嫌ではありません。年齢的なことで挑戦といわれることが多いのですが、気持ちはすごく前向きで、「前例がないならやってみよう」という感じで、ゲーム感覚的に楽しめる自分がいます。

 実際に私の周りにいる人たちは、「まだまだでしょ」って言ってくれます。そのことが支えにもなっています。

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 ■「2回目は違うよ」
 2010年のバンクーバー五輪に出たとき、「五輪は最初で最後」と思っていたのも事実です。その後に「ソチ、ソチ」と思わなかったのも、五輪にこだわる理由がわからなかったというのが率直な気持ちでした。

 バンクーバー五輪は、それ以前に世界選手権のような大きな大会に一度も出ずに代表に選ばれたので、何も見えないまま、とにかくやることを精いっぱいやったという大会でした。いま思えば、8位という成績も、何も知らない強さがあったからかもしれません。

 今回は、この4年間で身になってきたものを含めて、五輪を楽しめるんじゃないかなと思えるようになりました。2度目の五輪となったトリノ五輪で金メダルを獲得した荒川静香さんが「2回目の五輪は違うよ」と言っていたのも思い出します。スケート人生で経験してきたことも蓄積できたし、バンクーバー五輪よりも確実に技術がレベルアップできているという自信もあります。その成果が出せたらいいなと思います。

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 長久保裕コーチには、コーチの誕生日に手書きのカードで「あと1シーズン、一緒に付き合ってください」と伝えました。決して優秀な生徒ではないのに、ずっとあきらめずに教えてくださったコーチの喜ぶ顔がみたいです。できればうれし泣きも!

 まずは、日本代表に選ばれること。その先にソチを見据えて-。笑顔でスケート人生のフィナーレに突き進みます。(フィギュアスケーター 鈴木明子/SANKEI EXPRESS)

2013年2月27日

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明子選手らしい、優しくて前向きな文章というか発言だと感じました。
ソチ五輪挑戦をこれまで明言してこなかった理由について、「自分が行けるという確信が持てないと口に出来ないと思っていた」という考えから「行けるかどうかは別にして、まずチャレンジすることが大事」と考えが切り替わったというのは非常に興味深かったです。
これは競技するうえでは勿論、ソチ五輪に向けて練習や試合をしていく上で非常に影響の大きいものだと思います。タイトル通り「腹をくくった」ということはそれだけ強くなりますよね。きっと自分でも無意識なところから気の持ちようや練習への姿勢も変わるのではないかと思います。
そしてそういう気持ちの切り替えが生まれたのは、明子選手がファイナルに行ける成績を残したからで、かつ会場が五輪会場であるソチのリンクであったというめぐり合わせもあります。本当に全ての事が無駄になっていないというか、ひとつひとつのことが重なり合って人生は作られていくのだな、というのを考えさせられました。

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明子選手は「ソチ以降もやると思われていたのかしら」と驚いたと書かれていましたが、私としては明子選手がソチ五輪挑戦を明言した時、「ソチを具体的に目指してやっていなかったのか」という事の方に驚きました(笑)。
ハタから見ていると明子選手の今の実力、実績、スケーターとしてのポジションを考えれば当然日本代表の強力な候補の一人ですし、当然(公に敢えて発言せずとも)出るつもりでやっているのだろう」と漠然と考えていたからです。
ですが(年齢のことはあまり言いたくないですが)明子選手の27歳という、女性フィギュアスケート選手としては異例のロングキャリアという状況を考えると、明子選手はさらりとカッコよく素敵に演技してみせてくれているけれど、若い選手よりもきっと体のケアや練習方法などにものすごく気を遣ってやっているのだろうな、と考え直しました。バンクーバー五輪の時も奇跡的な復活と話題になりましたが、脚や腕を見ると当時よりも今の方がしっかり筋肉もついていて、体つきが更に精悍になっているのがわかる。明子選手はあの笑顔とふんわりした雰囲気の中に、凄まじいほどの努力を秘めてリンクに立ってくれているのだと改めて実感しました。

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明子選手が世界選手権で、そしてソチ五輪で本当に満足できる演技ができますように!!
これからも応援していきます!!

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<参考リンク>
「「ソチ五輪挑戦」 腹くくった」 鈴木明子のHAPPY SKATING -2013年2月27日

鈴木明子オフィシャルブログ「Shantiな日々」


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