プログラム、また振付師の重要性について -高橋大輔選手
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今季ほどプログラムというか、振付師の重要性について考えさせられたシーズンはなかった気がする。
スケートから気持ちが離れかけた浅田真央に、ローリー・ニコルが明るい曲調のプログラムを作って励まし力を与え、彼女の情熱を再び呼び覚ましたという直接的な効果を見た時。またフリーの「白鳥の湖」においてタチアナ・タラソワが彼女を「仮面舞踏会」「鐘」に続いて更にスケーターとしての「格」を上げるプログラムを作り今季絶対的な復活と力を見せつけたこと。これはポジティブな面での重要性だ。
しかしまた一方で、昨季あれだけ光を放っていた高橋大輔は、今季は苦しみ、あがき続けたままシーズンを終えた。ジャンプの調子が狂ったせいもあったが、プログラムを自身のキャリアで初めてシーズン途中で変更するなど、試行錯誤や迷いも感じられたシーズンだったと思う。


これから私が書くことが全て正しい訳ではないと思うし、その考えを読んで下さる皆様に押し付けるつもりはない。
プログラムや曲調にも好き好きはあるだろうし、それぞれの方の好みや選手に対する思い入れによってその感じ方は変化するのは当然だ。
なので読んで気分を害する方もいらっしゃるだろうが、これは私の個人的な感覚での見解ということでご理解頂きたい。また同じプログラムでも、今季全ての演技がそうだったということではない。例えば高橋大輔選手の「道化師」は全日本では神がかったような出来だったし、逆にシーズン序盤など全く響かなかった時もあった。そういう変動はあるけれど、大体の印象においてこう感じた、という意味だということはご了承いただきたい。




高橋選手の演技が今季私の心に昨季ほど響かなかったのは、やはり「旬」の振付師を起用するかどうかというのがあるのかもしれない。また振付師だけではなく、選手のレベルがその振付師の作るプログラムの波長にあった時期というものもまた存在すると思う。
振付師と選手、それぞれに調子や出来の波というのがあるだろうけれど、同じ時代にフィギュアスケートという世界に生きていて、それぞれがキャリアを伸ばしていく中で、その波長がぴったり合う「旬のコンビネーション」の時期というのがあるように感じた。
パスカーレ・カメレンゴさんの振付はバンクーバー五輪の「道」は勿論、昨季のBlues For Klookはもう魔法のようなプログラムだった。だが今季のモロゾフの「月光」は、世界選手権でのステップは素晴らしかったし滑る期間も短かったので同じには論ずることはできないが、やはりジャンプの出来とは別のところで、私には物足りないものに感じた。
高橋選手には、高橋大輔にしかできないプログラムというものを滑らせたほうが、彼が力を120%以上発揮できるように感じたのだ。今季のプロは、最初のSPのロックンロールメドレーも含めて、高橋選手の力の方がプログラムを上回ってしまってむしろ窮屈に感じるというか、彼自身が一種狭い枠に押し込められたような形で力を出し切れない状態だったのではないかと感じたのだ。


Daisuke Takahashi 2013 World Championships SP -Moonlight Sonata



Daisuke Takahashi 2012 Japanese Nationals FS -I Pagliacci




ものすごく語弊があることを覚悟で非常に極端な表現で言うと、今季彼が滑った3つのプログラムは、彼以外の選手が滑っても「もの」にできる作品だったと思う。彼と競っているような世界トップレベルの選手であれば、高橋大輔じゃなくてもある程度形になり、ファンもジャッジも高い評価を下せるようなプログラムになったのではないかと思うのだ。
だが昨季のデイヴィッド・ウィルソンの手になるSPの「In The Garden Of Souls」と、カメレンゴ作のフリー「Blues For Klook」は高橋大輔にしか滑れない、表現できないプログラムだったと思うのだ。
技術的にはこれらのプログラムを滑りきることが可能な選手はたくさんいるだろうが、あの世界、SPのピンと張ったような静寂と緊張感、フリーの気だるさと秘めた情熱が入り混じったような粋な世界を、彼が滑ったレベルまで表現しきることが出来るスケーターはプロを含めてもいないのではないかと思う。


Daisuke Takahashi 2012 WTT SP -In the Garden Of Souls



Daisuke Takahashi 2012 WTT FS -Blues For Klook

どちらも昨年の国別対抗戦での演技。


また、プログラムの傾向として(これは実情は私は知らないのであくまで推測の範囲を出ないが)、昨季は「表現」に力を置いて作ったものであり、今季は「勝つ(高得点を狙う)」ことを重視して作ったプログラムだったのではないかと感じた。

同じような例として、私は今季羽生結弦選手の演技にももどかしい思いを感じていた。彼の昨季のプログラムは阿部奈々美先生が彼のために作った「悲愴」と「ロミオとジュリエット」だったが、彼をずっと育てて知り抜いている彼女が、彼の表現スタイルが一番良い形で出るものを作り上げたと思う。だが今季はコーチもブライアン・オーサーに変わり、ウィルソンと共に世界王者を取りに行くプログラムというのを作ってシーズンに臨んだ。
羽生選手の今季はジェフリー・バトルさんが作ったSP「パリの散歩道」とウィルソン振付の「ノートルダム・ド・パリ」だが、オーサーの教え子でウィルソンがかかわったプログラムでは、いかに効率よく点を稼ぐかということが重要視されるように感じる。彼の今季のフリーについても、やはり昨季のような技術的な高さと表現を両立するというものではなく、点を取ることの方が表現の世界よりプライオリティを高いものとする方針のもとで作られたものなのではないだろうか。
そのため得点はとても高いものが出せる構成だったけれども、昨季までの演技と表現のバランスが崩れてしまい、今季は技をこなすのに懸命になってしまった。そのため更に体力とのバランスも崩れ、結果として彼の素晴らしい表現の世界は死んでしまったのではないか。


Yuzuru Hanyu 2012 Japanese Nationals FS -Notre Dame de Paris



高橋選手が本当に勝ちたい、高い得点を取りたいと望むなら、一見遠回りなようでも直接的に点数を強く意識したものではないプログラムを作った方がいいのではないかと思ったのだ。
まず非常に高いレベルでの表現(演技ではなく表現)に力を注いだものを作り、そこに高難度の技を作品に溶け込ませるように組み込む(ここが振付師の一番の腕の見せ所と個人的に感じる)。
選手に試行錯誤させ、滑りきれば、演技と一体になれて「もの」にすれば結果はついてくる、というスタイルのプログラムの方が結果的に彼自身の能力をより大きく、強く引き出すことができる、彼はそういうタイプのスケーターなのではないか。そう考え到った時、今季私が高橋選手(と羽生選手)の演技において、成績とは無関係に不完全燃焼な印象しか持つことが出来なかった理由があるのではないかと自分の中で大いに腑に落ちたのだ。


昨季の高橋選手の演技について、私は「マジカル」という言葉を何度か使った記憶があるが、まさにそういう事なのだと思う。彼ほどの選手になれば高難度の技を多く組み込むのは当たり前。その上でいかに芸術として高いレベルの演技に取り組むか、ということが最終的なハードルになるのではないか。
それが全てうまくかみ合い結実した時、まさに魔法のような相乗効果が生まれ、得点だけでなく彼自身もスケーターとして唯一無二のものになっていくし、観客やジャッジにもそのような説得力を強く印象付ける演技になるのではないだろうか。

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そして、彼にそのようなプログラムを作れるのは、今現在私の知る限りではカメレンゴさん(と神がかった時のウィルソン)のような気がしている。
モロゾフは高橋と袂を分かつ前は蜜月関係にあり、彼は高橋選手の能力と自信と大いに引き出した。今の高橋大輔はモロゾフの存在がなければありえなかったと思う。
だがあれからかなりの時が経ち、モロゾフとの別離と怪我からの復活は彼を大きく成長させた。高橋大輔はモロゾフの弟子だった頃の彼とは演技の質も精神面も変化し、脱皮したかのような別次元のスケーターとなり、はるかに高いレベルに行ってしまった。
翻ってモロゾフはたくさんの教え子を抱えてバリバリ仕事をしていたが、最近はかつてほどの勢いがない。作るプログラムも、以前はモロゾフがプログラムの流行、流れの最先端を走り、むしろモロゾフが流れを引っ張っていた感すらあったが、今はその流れから少しずつ取り残されてきているように思えてしまう事が増えた。
モロゾフと高橋の関係にしても、かつて二人は絶対的な師弟という上下の立ち位置があったが、今は高橋はスケーターとして、また表現者としてモロゾフの能力を超えた高みに行ってしまった感がある。モロゾフが高橋に教えられることはまだあるのだろうか、と考えてしまうことがある。
五輪開催地がロシアということで、ロシア系のコーチを持っておく重要性は確かにあるだろうが、あまり彼には手出しさせない方がいいように感じる。

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来季はいよいよソチ五輪シーズン。
彼だけでなくどの選手も、全力で自分が最高と思えるプログラムを作ってくることだと思う。金メダルを取る為に、少しでも多くの点を取れるようにという思いでオフの練習やプログラム作りに取り組んでくるだろう。
でも私は、高橋選手にはそれだけではなく「自分にしか滑れないプログラム」「自分だけが表現できる世界」を目指してほしい。
彼はもうとっくに、五輪金メダリストになる力は充分持っている。だからこそ、人生のターニングポイントになるシーズンだからこそ、「スケートでこんな世界を描けるのは高橋大輔しかいない」というプログラムを是非作って臨んでほしい、そう願っている。
それをソチで滑りきれれば、絶対に結果はついてくるはずだ。

高橋大輔にはそういう特別な力があると信じている。

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<関連コラム>
印象深い記事-「浅田真央は挑戦した 「金より立派」これだけの理由」  2010年3月13日
*高橋選手のプログラムに対する考えについての発言の引用があります。
by toramomo0926 | 2013-03-28 10:43 | フィギュアスケート


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