「生き様」を見せる演技
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今回浅田真央選手が全日本に出場し立派に戦い抜いたことで、日本人にとって「浅田真央」はより特別な存在になったように思う。
今までも「真央ちゃん」として日本中に知名度があり、全世代からの好意というか人気を集める存在で「国民的アスリート」と呼ばれてはいたが、今回彼女が一番近い肉親である母親の死に接しながらもその悲しみの中で取り乱すことなく、取材にも笑顔さえ見せて応じ、試合では動揺を感じさせない滑りを見せ、終始一貫して「普段通り」を貫いた姿勢は、感動だけでなく、いろんなものを投げかけたように思う。





最新のフィギュアスケート専門誌「ワールド・フィギュアスケート51号」」に、ライターの田村明子さんからの浅田匡子さんへの追悼文が載っていた。
全文掲載はできないが、抜粋してご紹介したい。

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「私ね、フィギュアスケートは勝った、負けたじゃないと思うの」
ある大会で練習を一緒に見ながら、匡子さんはそう切り出した。
「皆さん、真央がトリプルアクセルを跳んだとかとか跳ばないとか、今回はヨナちゃんが勝ったとか、真央が勝ったとか、とても気になさるけれど、本当はフィギュアスケートはそんなものじゃない」
「その人の生き様を、氷の上でどのように見せるか。フィギュアスケートってそういうものじゃないですか」
本当にその通りなんです。私は深く同意して頷いた。
浅田真央選手を取り囲むマスコミ報道が過熱していく中、匡子さんはどのようにして彼女を守ってきたのだろう。あれほどの選手に育て上げ、しかもまるでこの世に悪意というものが存在することなど知らないような心優しい娘ができあがった。匡子さんがいつまでも変わらなかったように、浅田真央選手はいくら有名になっても、どれほどメダルをとっても、少しも変わらない。彼女が人前で嫌な顔をしたところを、未だに見たことがない。

浅田匡子さんを偲んで -田村明子(ワールド・フィギュアスケート51号より抜粋)

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この会話が田村さんと浅田匡子さんの間でなされたのがいつのことなのかは分からないが、このたびの訃報に接し、田村さんはこの時のことを鮮明に思い出されたようだ。
確かに真央選手の全日本の演技、そして私たちに見せた態度は、彼女の「生き様」を表していたと思う。「思い知らされた」と言っていいほどの強さや凄みが柔らかい演技の中にも感じられた。
そして、彼女の態度には、ヘタな同情や憐憫も寄せ付けないかのような気高さがあった。
その件に触れられると気持ちが乱され、張りつめているものが崩れてしまうから、というのもあったかもしれないが、彼女はそういう「何も言いませんけど、頑張って耐えてます」というムードすら出さなかった。

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そして同時に、今回の一連の出来事に関して、語弊を恐れずに言えば、結果的に匡子さんの母親としての最後の仕事になったのかもしれないと感じる面がある。
もちろん、この時期に亡くなったことを美化するわけではない。この時期で良かったなどと言うつもりもない。匡子さんももっと舞さんや真央選手が活躍するところを見たかっただろうし、ご家族は匡子さんともっと一緒にいたかったに違いない。彼女が亡くなったことやその時期をどうこう言っている訳ではない。もっと精神的な、かつ浅田家の方々とは無関係なところで起きた外部側面的な話としてである。

匡子さんは舞さんや真央選手をこの辛すぎる出来事に対し(対外的にだけでも)しっかりと耐え抜ける、社会的にも20代の女の子としてだけでなく、公の場に立つ人間としてきちんと対応できるような娘に育て上げた。葬儀後に真央選手が発表した率直な胸を打つコメントは話題になったが、舞さんのしっかりしたコメントも長女として素晴らしいものだったと思う。
そして真央選手が全日本出場を表明したことで、日本中が彼女に感情移入し「頑張って」というムード一色になった。
それは真央選手本人にとってはプレッシャーになった部分はあったと思うが彼女は見事に期待に応え、あのように立派な態度と演技を見せ勝利し視聴者を熱狂させた。
娘たちを完全に独り立ちさせ、親離れさせる形に(結果的にではあるけれど)なったということ、そしてこの試合で真央選手がその気高い生き様を氷の上で見せたことで、彼女の人気というのはまた一段特殊な熱量を持ったものに変わったように感じる。その「特殊さ」を敢えて言葉で表現すると結局「国民的」ということになるのだけれど、その質が変わった気がするのだ。
これまでの、みんなが妹や子供や孫のように見てしまう「かわいい真央ちゃん」というだけではなく、人間・浅田真央としての生き方に多くの人が敬意を寄せる存在になったという、はっきりとしたムードの変化を感じる。
この真央選手への熱量の変化を感じるにつけ、浅田真央というスケーターをプロデュースしてきた匡子さんが(あくまで結果的に)最後に真央選手をひとつ上に押し上げた形になったかもしれないな、と感じたのである。

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文章力がないので、私の思いが正確に伝わるのかという自信は今ひとつない。
ただ私が言いたかったことは、匡子さんは48年という短い生涯ではあったけれど、母親としての仕事を立派に、並外れて立派に果たされたということだ。
私は勿論浅田家の皆さんとは何のつながりもないけれど、本当に偉大な女性、偉大な母親だったのだなと、舞さんと真央選手を見て感じている。

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日本人は「感動」が好きだ。
今回の悲しい出来事は、「家族愛」「母に捧げる勝利」という、日本人にとって大好物のストーリーだったというのも、今大会の注目度をぐっと押し上げ、普段フィギュアを見ない層にも関心を持たせた。
そしてTV局などマスコミはそういう「感動」を「物語」として煽るのが大好きなので、優勝の熱狂はTVのニュース番組をジャックしたような状態になり、これは毎年行われる国内選手権のことなのに、五輪金メダルを取ったかのような扱いとなった。真央選手がブログを更新したということまでTVのニュースとして流された。
しかし浅田家にとっては、「感動ネタ」として、一時の熱狂として消費されるようなものではない。それは過ぎ去ることのない、決して整理しきることの出来ない重い事実である。それがこれからも、時間がある程度解決する部分はあるにせよ、その影響はずっと続く。
今回は母親の(真央選手やご家族にとってはある程度覚悟が出来ていたことかもしれないが、世間的には)突然の死去から全日本までの期間が短かったということで、注目されることは仕方なかっただろうという面はある。しかし年を越したら、もう必要以上に「母の死を乗り越え・・・」などという煽りは必要ないし、しないでほしいと思っている。
感動を煽ろうとして母親の死を必要以上に引き合いに出すのは、ここまで凛とした姿で競技する真央選手にも、ご家族にも、そして匡子さんにも失礼だ。そんなフィルターを通さなければ感動できないような安っぽい演技や生き方は、真央選手はしていないのだから。

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匡子さんが真央選手にフィギュアスケートを通して伝えたかったことは、言葉にはせずともしっかり真央選手に伝わり受け継がれているのだなと感じる。これからも真央選手の演技を、戦いを、そこから通して見える生きざまを、ファンとして見届け、応援していきたい。

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<参考リンク>
ワールド・フィギュアスケート51号 -Amazon.jp


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by toramomo0926 | 2011-12-29 15:41 | フィギュアスケート


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