キムヨナ選手の「世界最高得点」の意味を考える
キムヨナ選手の「世界最高得点」の意味を考える_b0038294_22453657.jpg

フランス杯のキムヨナ選手の得点のつき方は、世界中(韓国を除く)のフィギュアファンに悪い意味での大きな衝撃を与えました。
スポーツとして、また採点競技としての採点の信頼性についてはこれまでにも多く議論されてきましたが、今回のキム選手への露骨ともいえる大幅な加点は、競技としてのフィギュアスケートの意味、価値、信頼を大きく揺るがせています。日本のマスコミはその点を全く報道しませんが、ネットでは大騒ぎになっています。
それはキム選手の得点が、たとえ表現力が大幅に評価されたとしても、どうして彼女の演技内容で時間の長さや組み込まれる要素の数も違う男子トップクラスの選手並みの点数になるのか、ルールに詳しいファンであっても誰も論理的に説明できない状況だからです。そのため、さすがに今回に至っては採点への疑問、ジャッジの買収などの裏取引の有無について言及する声も多く上がっています。

しかしキム選手に対し、これだけ露骨に他選手と差をつけることにどんな意味があるのでしょうか?
もし危惧されている通り得点操作かジャッジへの圧力か、それに近いことがまかり通っているとするなら、最終的な目的は何なのでしょうか?
そう考えた時、自分でもびっくりするほどの(悲観的な)推測が成り立つことに思い至り、ゾッとしました。
これからその推測について書いていきますが、もしこれが真実、もしくは真実に近い状況であるなら、フィギュアスケートの競技としての未来はかなり悲惨なことになると思います。




私自身、キム選手への加点が大きくなってきていることに疑問を感じてはいました。しかし特定の選手を攻撃することはどうかという気持ちもありましたし、一選手だけを(しかも応援している選手のライバルとされている選手を)ここで否定的に論じることでこのコラム全体への信頼が損なわれるというか、読んで下さる方が私の他の主張や考えについて「公平性を欠くのではないか」という疑問を抱く事態となることは避けたかったので、なるべく批判は抑えて、どうしても訴えたいと思ったことだけを書いてきたつもりです。
我慢してきました。我慢してきましたが、もう限界に来そうです。

フランス杯終了後、私はフィギュアスケートに詳しい友人に怒りと悲しみをぶつけるメールを送りました(感情的なまま送ってしまって申し訳ないと思いましたが・・・)。
友人は私と違って冷静に状況を分析していました。そして以下のような説明というか、彼自身の考えを示してくれました。

「現在の女子の技術レベルは3回転が限界なように思う。真央選手の3回転半や美姫選手の4回転はあるが、あくまで女子選手全体から見たら例外的である。10年後、20年後も3回転半や4回転を跳ぶ選手はほんの一部の選手にすぎないだろうと推測する。
それでは、選手たちは何で自分を他の選手と差別化していくのか。そこを先取りしたのがキム選手。
つまり、技の難易度ではもう限界にきている。しかし、3回転は誰もが跳ぶ。それではどうするか。と考えて行った先にあったのが完成度と演技構成点(PCS)である。」

確かにそうです。もう女子の技術、特にジャンプは身体的な能力の限界ぎりぎりに来ているとは私も思います。この先トリプルアクセルや4回転が女子において一般化するとは今のところ思えません。
だから技術で最高レベルを狙えない選手はセールスポイントをつくるために演技構成点の向上に力を入れる。それはもっともな考えだし、戦略的には正しいと思います。
それでもやはり採点方法のあり方として、実力にそれほど差がないとされている選手が、自分もジャンプをひとつ飛ばしながら2位に30点以上の点差をつけるという事態は異常です。もしその採点が100%真っ当になされたのだとしたら、その採点方法そのものに不備がある、ということでしょう。
今年全ての選手のPCSや総合得点が高騰していると言うなら、採点の傾向が変化したという推測が成り立つのでまだわかりますが、昨年に比べて特に技術的、表現的に顕著に進歩した点が見られるわけではない一選手のみが得点を極端に伸ばした。また一方で、彼女に対する減点や回転不足によるダウングレード等は全くと言っていいほど取られていない。
彼女だけはルールがどう改定されようが関係なく、何をやっても加点は約束されているようにすら見える。それが納得いかないのです。

キム選手の3回転、および3-3ジャンプの回転不足(ダウングレードなし)を指摘する動画

*参考として、270度以上回っているのにダウングレードされている浅田真央選手の映像もあります。

この動画は今回のフランス大会と、今年3月の世界選手権のキム選手のジャンプを取り上げたものです。
ジャンプの回転は、踏切の位置と着氷の位置が270度(3/4回転)以上回りきってないと回転不足とされ、申告したジャンプよりも1回転少ないジャンプの基礎点から更に出来映え(GOE)を減点されます。例えば3回転ジャンプで回転不足とされた場合は「3回転ジャンプの回転不足」ではなく、「2回転ジャンプの回りすぎ」とされ、3回転よりも低い基礎点から更に「不完全なジャンプ」として出来映えで減点されることになります。
この動画で示されているように彼女はジャンプの回転不足が多いのですがそれは常にどういうわけか見逃され、更に「質の高いジャンプ」として大幅なGOE加点を得ています。
昨年もエッジエラーをジャッジが見逃している旨を指摘する動画が複数上がりましたが、どこからかクレームが来たのでしょう、すぐに削除されてしまいました。この動画もあと何日もつか分かりません。


キムヨナ選手の「世界最高得点」の意味を考える_b0038294_8141043.jpg
キム選手のフリーの得点表。
上のスロー映像で見ると明らかに回転不足なのに、GOEで加点が2点(殆どないことです)、ジャッジごとの採点では満点の3点をつけているジャッジもいます。
通常ジャンプの認定はスローで何度も確認されるはずなのですが、彼女の回転不足はこのように毎回見逃され、その上に大幅な加点を得ています。
他の要素でもフリップジャンプが抜けたほかは減点が全くありません。多少スパイラルが不安定でも、後半疲れてしまっても、彼女の得点には影響はないようです。
更に技の難易度としてはレベル4を取れているのは演技中盤のスピンのみで、あとは全てレベル3。これで210点は他の選手が同じことをしても可能なのでしょうか?最初のジャンプの回転不足見逃しと、PCS(殆どが8点台)で山盛りに色をつけてもらっているのが分かります。
ちなみに、各試合の審判はISUのサイトで国名と名前を確認できますが、「The Judges Panel」の部分に「in random order」とある通り、記載の順番はシャッフルされています。従ってJudge No.1の採点が一番左側のものだとは限らず、事実上誰が採点したものかはわからない形になっています。


フランス杯フリーの3ルッツの回転不足を指摘する動画

やっぱり回転不足に見えます。でも基礎点+GOEで1点も加点されている。
浅田はもっと足りてるかどうかというギリギリでも絶対回転不足と認定されますが、彼女はいわゆる「グリ降り」(回転が足りないまま着地した直後に足首がグリッと回る降り方。一見決まったようでも普通は回転不足となる)でも加点が付くほどの「質の高い」ジャンプとみなされるようです。

*(追記)この手の動画は沢山挙がっていましたが、殆ど削除されていますね。
私が貼り付けたこの動画は、キム選手が母親と設立したATスポーツから削除依頼があったとのこと。
通常削除依頼はその動画に対し著作権があるものが申請するものですが、ATスポーツは2010年バンクーバー五輪後に設立されたものなので、この動画に関して著作権は保有していないはずなのですが。


何よりPCSが技術点を凌駕し、順位の決定において大幅に得点のウェイトを占めるようになれば、それはもうスポーツではなくて演芸(または芸術やショー)なのではないか、ということです。
演芸に得点をつける意味なんてないし、コンテストは別として、バレエや舞踊、歌舞伎などの芸に対して数字で優劣をつけるというのはナンセンスであるというのは世界共通の認識です。
フィギュアスケートは芸術性や表現力が求められる種目ではありますが、「得点を争う」競技である、というところで明確に演芸や芸術とは一線を引くべきものだと私は考えています。でなければ五輪正式種目である理由は破綻します。

もしこのような採点を容認すれば、競技者として当然の姿勢である難しい技や能力の限界まで挑戦をすることは「割に合わない」ことだと認めることになります。
現に回転不足認定が導入されてからは、そう考える選手も出始めています。
選手は適当なところで技術的な向上について努力することをやめ、あとはいかに本質から目をそらさせ「印象、見た目」をよくするかだけを考えて、毎年同じ構成のプログラムを滑っていればよい、ということになる。それがキム選手の成功したやり方なのですから。
しかし、果たしてそれはスポーツでしょうか?それでは競技としては頭打ちになり、発展どころか衰退していくのではないでしょうか?誰も彼もが新しい成長や進歩のない、変わり映えしない演技構成ばかりのものを毎年見せられるようになったら、それでもファンは満足するでしょうか?


これは私の個人的な(そして超後ろ向きな)推測ですが、この非常識ともいえるキム選手ひとりへの得点の大盤振る舞いは、これまでにも噂のあった、キム陣営とISU副会長(韓国系カナダ人)との間で結ばれた計画的なものなのではないか、という疑念が私の中でわき起こりました。
韓国は2014年のソチ五輪のあとの冬季五輪開催国に名乗りを挙げており、国民的スターのキムヨナを五輪で優勝させて(彼女は既に招致委員会の委員となっている)、「金メダリスト」を顔に据えての招致活動を望んでいるので、韓国はどうしてもキム選手に金メダルを取らせたいという意向があるというのです。

とりあえず、あまりに悲観的でばかげていると言われるかもしれませんが書いてみます。

多分キムは今年、「世界最高得点」の記録を伸ばすだけ伸ばすでしょう。そして五輪で金メダルを取ったらすぐに引退する。五輪終了後、恒例の採点方法の見直しが行われ、そこまで高いPCSは出ないように改定される(キム選手がいなくなれば、普通にやってもそういうこともなくなるでしょうが)。
一方、フィギュアスケートのファンや、ルール・採点方法に詳しい方を除いて、大多数であるマスコミや一般の方たちには「得点」や優勝などの「タイトル」は唯一かつ最強の価値観です。

もしこのような(最悪の)シナリオをたどればキムの得点記録は永久に破られず、彼女は「世界一のスケーター」、または彼女のお気に入りの呼称である「フィギュアクイーン」を名乗り続けられるというわけです。たとえ彼女の能力を疑問視する声が出ても、「未だ破られない世界最高得点」がゆるぎない根拠になります。
そして浅田選手や他の女子選手は今後どんなに世界中のファンや専門家から絶賛される演技をしても、「得点」という強固な価値観によって、結局マスコミ等からは「しかし、キム選手の世界最高得点を上回ることは出来ませんでした」と一生言われ続けることになる。そうなればキムと浅田の評価が(少なくとも一般的な認識としては)どのように下されるかは明白です。
多分キム選手の陣営(と韓国)はそれが狙いというか、そういうことなのではないかなと考え始めています。
今までキムと浅田の実力は拮抗していると言われていましたが(それも既に我慢なりませんが)ここで浅田との、また他の現役女子選手や今後出てくるであろう優秀なスケーターが到底追いつけない得点実績を得て数値的に絶対的な差別化をはかり、ずっと「クイーン」の名を保ち続けることを可能にする。
そしてキムの持つ「世界最高得点」の前には、誰も正当には評価されなくなる。



これは明確な証拠があるわけではありません。想定しうる最悪のシナリオだと思います。しかしフランス杯の点のつき方を見ていると、このくらいバカバカしく壮大な話でも持ってこないことには、ここ数年、特に今年の世界選手権からのキム選手へのエッジエラーやジャンプの回転不足、レベル認定へのお目こぼしぶり、根拠不明な加点の嵐ぶりに説明がつかない気がします。
韓国人は国民性として非常に体面(メンツ)を重んじ、「世界(歴代)最高」「史上初」というタイトルを得ることはこちらの想像以上に価値があることなのだといいます。それを考えても、それほど非現実的な話でもないような気がします。

それにしても、何故こんな悲観的にならなければならない状況になってしまったのでしょう?何故普通に競技を楽しむことすら出来なくなってしまったのでしょう?フィギュアスケートはいつからこんなに手垢にまみれた状態になってしまったのでしょうか?
10年以上ずっと国内外の選手の成長や素晴らしい演技に感動し励まされてきた自分としては、今は言葉に出来ないくらいの悲しみと絶望感にさいなまれています。
また、採点競技においてはルールや採点への信頼が揺らげばその競技は興ざめとなり、衰退するしかありません。それでは選手があまりにも気の毒だと思います。

私の今の気持ちを代弁する書き込みがありました。

「表現力って何?(中略)
難しい技や、体力の限界に挑戦するのはもう愚かな事なの?
もう競技場じゃなくて劇場でやればいいと思うよ。」

日本のみならず、全ての国の選手、コーチおよびスケート連盟が、キムの得点は妥当と考えているのかが知りたい。
ジャッジに睨まれたくないのでシーズン中はしないかもしれませんが、抗議や意見書を出す国があってもおかしくないのではと考えています。
とりあえずIOC(ISUはあてにならないので)と日本のスケ連(あてになりそうもないですが)にメールを書くことを考えています。
フランス杯の女子ショートプログラムの得点を見た時点でISUの「ある意思表示」を見た気がしてひどくショックを受け、選手の気持ちや、大好きなフィギュアスケートの将来を思うと暗澹たる気持ちになりました。
大会が終了して数日が過ぎ、煮えくり返るような怒りは大分落ち着きましたが、五輪シーズンである今年の女子シングルがどうなるのか、大いに心配です。


<関連コラム>
「競技」としてのフィギュアは死んだのか 2009年10月18日
フィギュアスケートを殺すな 2009年4月26日
キム・ヨナ選手の「妨害」発言について 2009年3月23日

スポーツとは「向上」を目指すもの 2009年1月1日
もっと競技と他選手に敬意を 2008年11月28日 
キム・ヨナ選手に初のe判定-グランプリシリーズ中国大会 2008年11月9日
順位に異論はないけど、採点は大いに疑問  2008年10月30日
by toramomo0926 | 2009-10-20 22:36 | フィギュアスケート


<< ショートプログラムの選択:「仮... 「競技」としてのフィギュアは死... >>