「仲良し教育」のツケなのでは
b0038294_19484667.jpg高崎経済大学で留年になることを苦に2年生の女子大生が准教授にメールをしたあと自殺した、というニュースがあった。

原因は必ずしもひとつではないだろうし、
彼らの置かれている状況や人間関係についても詳しく知らないので断言することはできないが、
一つ思ったことがあった。

これって、例の「仲良し教育」(勝手に命名)の弊害の一端ではないだろうか。




(以下:msnニュースより)
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高崎経済大:准教授を懲戒免職 ゼミ女子学生の自殺で
 高崎経済大学(群馬県高崎市)は9日、指導方法に問題があり、ゼミ生の経済学部2年の女子学生(当時20歳)を自殺に追い込んだとして、同学部の男性准教授(38)を懲戒免職処分とした。
学生の自殺を理由に教員が懲戒免職処分を受けるのは異例という。また、管理責任者の木暮至学長を減給10%(2カ月)、石井伸男経済学部長を同(1カ月)とした。

 大学によると、准教授は昨年6月、ゼミ生に夏季の宿題として高度な課題を課し、女子学生は一部を提出していなかった。准教授は12月、未提出の3人に「提出しなければ留年」などとメールを送信。
期限の1月15日夕、未提出の2人のうち女子学生だけに催促のメールを送った。女子学生は「留年すると分かっています。人生もやめます」と返信。同夜、同県みどり市の渡良瀬川に投身自殺した。

 大学の調査委員会はゼミ生や他の教員からの事情聴取で、宿題が2年生としては難解で留年通告が女子学生を自殺に追いやったと結論付けた。
また、准教授は他の学生に度を越したセクハラ発言などの暴言があったという。准教授は「間違ったことはしていない」と反論しているという。【伊澤拓也】

毎日新聞 2007年4月10日 0時22分
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准教授にしても対応が結構冷淡な気もするし、女子大生にしても、申し訳ないが「留年で自殺とは」と思ってしまった。
高崎経済大学では今までゼロだった現役学生の自殺者が、この1年で彼女で4人と激増していることもあり、今回の厳重処置になったと思われる。

原因は必ずしもひとつではないだろうし、彼らの置かれている状況や人間関係についても詳しく知らないので断言することはできないが、一つ思ったことがあった。
これって、例の「仲良し教育」(勝手に命名)の弊害の一端ではないだろうか。

ここでいう「仲良し教育」というのは、私は正式名を知らないのだが
近年小学校などで行われているといわれている児童に対しての教育方針のことである。
例えば「優劣をつけるのが可哀想だから」とかなんとかいう理由で、運動会の徒競走なども本気で走らせず、「皆で仲良く手をつないでゴールさせる」(・・・)といったような対応のことである。

↑ これを初めて聞いた時、呆れてものもいえなかった。はっきり書いてしまうと「バカじゃないの」と思った。
そして保護者や学校関係者の身勝手さ、自己矛盾についても胸が悪くなった。
「優劣をつけるのは」云々言いながら、勉強の成績や進学については、社会生活を送る上での「しつけ」はそっちのけで幼稚園に入る前からお受験だナンだと大変な熱中振りではないか。
一方で、同級生の中に必ずいた「勉強はダメでもスポーツで輝くヤツ」は活躍の舞台を奪われる。
自分の能力に気付かないまま成長してしまう可能性もある。彼らには自分に自信を持つ経験、思い出はつくれない。
それに関してはどうでもいいんだろうか。日本を代表するスポーツ選手の卵をひょっとしたら見出だせるのかもしれないのに。

今述べたことはあくまでも一例だ。しかし「褒めて育てる」の曲解なのか、ようするに「コドモカワイイカワイイ」状態で育てられ、「負け」や「挫折」という経験から極力守られて成長するわけだ。
小さい頃に、勉強では勝っていたヤツにスポーツで力を見せ付けられて見直したり、勉強やスポーツで誰かに負けて悔しい気持ちを力にして次の機会に向けて頑張る、という経験も子供が成長するうえで大事なことなんじゃないだろうか。

このような教育方針がいつ頃から始まったのか知らないが(その後変わっているんだろうか)、もう大分前だったので、そろそろそういう育てられ方をした子供たちも大学生になる頃なんじゃないか。
今まで小さな挫折の経験もなく大事に守られすぎてきた子供たちが、いきなり大学で「留年」と言われた時
今までが順調すぎただけにその衝撃は我々の予想以上に大きく、ちょっとでもその流れを滞らせたら人生おしまい、と思いつめてしまったのではないか、と思ったのだ。
高崎経済大学を例にとってもこの1年で自殺者が増えているのは、指導方法に問題がなかったとはいえないかもしれないが、学生の方にも免疫が出来てない、というのもあるのではないだろうか。

私は准教授の対応(自殺をほのめかされて1時間ほど連絡をしていない)についても問題はあるとは思うが、
課題に期限を課し、6ヶ月待った上で「出さなければ留年」と伝えたこと自体は何ら間違いはないと思う。
いくら難しい課題とはいえ、半年の猶予があったということだ。
本人になにも伝えずに黙って落第させることだっていくらでもできる。むしろそういう先生が大半なのではないか。

努力してもどうしても出来ないというのであれば、その准教授に正直に相談に行きヒントをもらうか、それが無理なら他の先生や親などにいくらでも解説を請う道はあったと思う。
「教えて!goo」「yahoo!知恵袋」みたいな質問サイトに投稿し、知識のある人から材料を集めることもできる。
それをやっても提出できないほど何も書けない、ということはいくらなんでもないように思うのだが。

若い世代のコミュニケーション力の不足、というのもこの場合問題になってくると思う。
彼女は自殺前に親友ともメールをしているが、その親友も自殺するとメールで言われ、「本気なのか」ということを、なんとメールで尋ねているのだ。
普通、こういう緊急時は電話で直接話すべきではないか。人の声は文字よりも影響が大きいこともある。受信までのタイムラグもなく直接話ができるし、決行の時間を引き延ばし、うまくいけば思いとどまらせることもできるかもしれない。
それなのに、「自殺するところだから」というメールに対しての返信をメールで返した、というのも私には理解できなかった。
こういう場合はどこにいようとも、マナーよりも命の方が大事なはずだ。
准教授は彼女の携帯の番号は知らなかったのかもしれないが、親友なら電話番号も知っていたはずである。


この准教授は懲戒免職になったということだ。
以前別の大学でも問題があり退職しているということなので、学生の中には(自殺した学生も含めて)教員として高く評価する声もあるようだが、2度目ということを考えればやむをえないのかもしれない。
ただ、これをこの准教授一人の責任にしていいのか、というのは私は違うと思う。
彼一人をクビにして済む問題ではなく、これまで若い世代に行ってきた矛盾だらけの教育のツケを、自殺とまではいかずともこれから私たちは職場で、公共の場で、その他社会生活の中でまざまざと見せ付けられることになるかもしれない。
このニュースに接し、そんな風に思って少し怖くなった。
by toramomo0926 | 2007-04-11 19:48 | 事件・事故


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