単語より文脈で考えたい
b0038294_1955539.jpg私はアンケート好きで、Yahoo!リサーチとか、日経リサーチとかのアンケートに回答するメンバーになっているものがいくつかあるのですが、
今回AERAのアンケートから面白い、そしてワタシも数年来考え続けている(大げさ)
テーマが来たのでちょっとご紹介します。




【あなたの審判】夫は妻を何と呼びますか?妻は夫に何と呼んで欲しいですか?

あなたの審判は、編集部が出すお題に、皆さんが審判を下すコーナーです。判断と理由をお聞かせください。
今回のお題は「夫は妻を何と呼びますか?妻は夫に何と呼んで欲しいですか?」です。
本人に声をかけるときの言い方ではなく、人前で妻をさして何と呼ぶのか、です。たとえば、友人の前で。親族の前で。仕事の相手には……。あなたの身の回りの話を教えてください。
もし、あなたが結婚されていなければ、もし結婚したときにはどう呼びたいか、呼ばれたいかをお書きください。
このお題については、もしよろしければ性別と年代をお書きください。(以上サイトより抜粋)


このテーマと、それに付随する「単語」について、ということを結構私はずっと考えているのだが、
最近の(一部の)人って細かいことに「キー!!」ってなりすぎじゃないのかなあ。

このアンケートの回答を見てもらうと解るのだが、「夫は主従関係ではないから絶対『主人』とは呼ばない」とか。
あと最近「こども」も公式の場では殆ど「子供」ではなく「子ども」になっているのにお気づきでしょうか?
それもどうやら「子どもは添え物(供)ではない」というアピールがどこからかあったらしいんですよね。
私は子供は親の側にいるべきだと思うし、あまり賛同できないからかたくなに「子供」を使っているワケですが。

でも私はそういう昔からある言葉って、もうその単語を使うときにはオリジナルな意味は発生してないと思うんですよね。代名詞的な意味合いしか持ってないし、使う方もそんな意味を考えて使ってない。

私は結婚相手の呼称を場合によって「ダンナさん」と「主人」を使い分けているけど、別に仕えているとは思っていないし、もっとはっきり言うと偉いとも思っていない(笑)。
彼が働いてくれるお陰で私はお気楽パートで生活できている、ということに感謝はしているけど、それとこれとは別ですよね。
「主人」を使っているのだって、別に「夫」でもいいんだけど、母親が一貫して父のことを「主人」と言っていたから聞き慣れてて使いやすいだけの話で、母がもし「夫」を使っていたらそのままワタシも「夫派」だっただろうというくらいの話です。要するに別に何の思い入れも、意味も持たせてない。
聞いている方だって「あら、この人『主人』っていうのね。ダンナの方が家庭でエバっているのかしら」なんて思わないし。

そういう枝葉末節的なことを声高に叫ぶような事までしないと自分のプライドを保てないということなのかなあ。そういうのって私にはなんだか屁理屈にしか思えないんだけど。

「反・主人派」な人たちは、翻って自分の呼び名を考えた時、やはり「妻」が望ましいと思っているのかなあ。
でも「妻」だって意味をさかのぼって調べていけばどういう意味で成り立っているのかわかりませんよね。
刺身の「つま」と「妻」が同じ音だと言うのは何か意味がありそうな気もするし。だからそんな小さなことにこだわってても仕方ないです。
「子ども」だって熟語を崩してまで守るべきこととは思えない。
まあこれは私個人の意見なので、好きな言葉を使えばいいとは思うし、それは全く自由なのだけれど
「子ども」のように公式な表記まで変えさせるというのはどうなんでしょうか。
そういうヒステリックさが却って女性の偏見を増殖させるように私は思う。

配偶者が相手を「ねえ」とか「ちょっと」としか呼ばない、というのは問題だと思うがそういう事でもないし、あまり神経質に騒ぎ立てるほどのものではない気がする。

あからさまなものは別として、差別的表現というのはその言葉や単語ひとつをあげつらってどうこう言うことじゃなく
全体の文脈としてどう使われているかで考えないと
「あれもダメ、これもダメ」的なことになってすごくがんじがらめな、不自由なことになってしまうんじゃないだろうか。
騒ぎ立てる人々が「よし」とするような言葉だけを使ってどうしようもなく相手を侮辱することだって(うまくやれば)いくらでもできると思う。
言葉を全部直させたからと言って人間の内部にある差別意識は根治されないし、何の解決にもならないんじゃないでしょうか。
まあ、先日の柳沢君の「女性は子供を産む機械」発言は単語としても文脈で考えてもアウトですけどね。
本当に女性の地位向上とか、平等とか、そういうことを実現させたいのであれば、もっと取り組みは別なところから必要なんじゃないでしょうか。

私は男女という性別が存在する以上、それぞれに『適性』というのがどうしても発生すると思っている人間なので、完全に男女を『平等』とするというのには諸手を挙げては賛成しないけど、男女平等というのは基本的には大変重要だと思っている。
というかそういう男女の「生理的・体力的な限界や差」というのを「踏まえて」その先でいかに平等をはかるか、という取り組みがいいと思っているワケです。
そう考えると何でもかんでも「平等に!」と叫んでいる一部のフェミニストの方々にはちょっと首を傾げてしまう所があるので、余計にそう思ってしまうのでしょうか。
そのテの方々にこのような意見を述べても「そういう事を女性が言うからいつまで経っても女性の地位が向上しない云々」と怒られてしまうのかもしれないけど、どうもこういう細かいことを言い立てる人々はどこか的外れなことを言っているように感じられてしまうのです。

このアンケートには、今書いたようなことを書いて送信しました。サイトに載るor雑誌に掲載されるかわかりませんが。

過去に同じようなテーマで書いたものがあるので、よかったらこちらもどうぞ。 ↓
ご主人様、家内です  2005年4月6日
by toramomo0926 | 2007-02-10 19:54


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