自然体すぎる女優たち
菊川怜、風吹ジュン、山口智子。この3人は私にとって「自然体過ぎる女優」である。
髪の毛やメイクをもっときちんとすればいいのに、なんでわざわざ老けて見える(あるいは老けて来ているのがバレやすい)ようにしているんだろう?とヒト事ながら歯がゆい気持ちになることもしばしばである。
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私は菊川怜を見るといつも不思議に思う。なんで頑なに首から上を必要以上に「自然」にしておくの?と。



女優にとって容姿はある意味仕事道具であるのに、菊川怜の髪型はロングのストレートといえば聞こえはいいが、いつもボサボサに近い。肌はきれいだけど口紅に関しては「塗り忘れた?」と思えるほどに土色である。
ヌード系のグロス、口紅が市民権を得てもう久しいが、彼女のはそういう感じですらなく「塗り忘れ」を連想させる感じが多いのだ。素敵な服を着ていても髪はボサボサ、印象としてノーメイクに近いいでたちで現れることが多かった。今は少し直ってきているけど。

菊川怜とはちょっと違うけど、やはり髪型をもう少し考えたらいいのにと思うのは、風吹ジュン。

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                                      若いころの写真。

若かったころはロングヘアもステキだったんだろうけど、女性は中年以降長い髪を保つ場合は見せ方を工夫する必要があると思う。上手に巻いたり、まとめたりして顔周りをすっきりさせないとちょっと不潔に見えてくる傾向があると思う。厚くなりすぎない程度のしっかりメイク、少なくとも肌の質感を明るく、きれいに見せることは必須。そうしないと生活感が増して清潔感が失われるという最悪の結果を招きかねない、ということを私は風吹ジュンから学んだ。
彼女は表情も豊かで今でも魅力的な女優さんだと思うが、髪形は若いときとは変えたほうがいいんじゃないかなあ。

そして今風吹ジュンと同じ道を歩こうとしていると私が感じるのは、山口智子。
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彼女こそ「ザ・自然体」で売っている女優であるが、彼女はここ10年くらいメディアに出る機会が激減している(断続的に見続けるという状況にない)ために、毎回メディアに登場するたびに「久しぶりに登場」な状態になっている。
そのため前回見たときとのギャップを必要以上に感じてしまい、見るたびに「老い」を感じるようになった。彼女も髪を長くしているが、彼女くらいの年齢では女優でも「前髪パッツンのロングストレート」を成功させるのは難しいということか。
そして彼女は年々化粧っ気がなくなってきているのだが、それがますます「老化」「所帯っぽさ、生活感」を感じさせるのを助長しているように思う。

あと見た目以外のことでいえば、一時は熱狂的に受け入れられてきた彼女の「自然体」も、彼女が仕事をセーブしている間に受け手側の感じ方が変化し、本人だけがそのズレに気づかないまま取り残されつつあるように思う。本当はどうあれ、「自然体を演じている」という感じが透けて見える印象をこちらに与えるようになってきているのだ。それは浅野ゆう子にも通じる変化のように思う。
サバサバしていて、彼女の本質はほんとに飾らないパーソナリティなのだろうとは思うが、それでもこちらに「つくられた自然体」が仄見える感覚を与えること自体、いろんなことが変化していることを感じさせる。
彼女がどんどん化粧が薄くなり髪型も作りこまなくなって「自然体」を表現すればするほどこちらはなんとなく気恥ずかしくなるのだ。彼女が千趣会でプロデュースしている洋服のブランド名を「山笑う」とつけてしまうセンスなどにも、「こうありたい、見られたいというイメージ」というのを連想させるものがある。難しいものだな、と思う。

自然体であることに対して否定しているわけでも、揶揄しているわけでもない。ただやはり年齢を重ねれば今までのように若さの力を借りることは難しくなるだけに、時代や年齢、TPOに合わせて自分を変えていかなければならないし、自分をより客観的に見る必要があるんだということを彼女たちを見てしみじみ考えてしまった。
自戒をこめて。
by toramomo0926 | 2008-03-09 21:01 | エンタメ


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