理路整然さが内包する強烈な悲しみ
b0038294_20513252.jpgこの事件についてはあまりにもひどすぎて、犯人に対する怒りが大きすぎて書くのが辛いというか、自分としては軽々しくブログなどに取り上げるのもためらうほど私の中では大きい事件だった。
この事件に関するニュースに接するたび、私が強烈に辛く、悲しく感じるのはご遺族である本村さんの話しぶりがどんどん洗練されてきていることだ。
話し方や態度から察するに、本村さんは本質的にも頭の良いスマートなお人柄なのだろうとは思うが、本当はこの人はここまで研ぎ澄まされる必要のない人だったのに、と強く感じる。それが見ていて本当に痛々しく、私ごときが何を言っても失礼になるかもしれないが、本当にお気の毒に思う。



本村さんと何の関わりもない私でもこれだけ衝撃を受けた残虐な暴力行為によって理不尽に愛する妻子を奪われた本村さんが味わった苦しみや悲しみ、怒りは、ニュースを見るだけの私達に軽々しく表現できない、きっと本当には想像も理解もできないほどのものだろうと思う。その後の裁判等で、被告となった犯人や弁護団の無神経な言動に何度も消耗させられ、二重三重に傷つけられていた中でも殆ど取り乱すことなく、あんなにも強く戦ったということについては感服するほかはない。

今回最高裁から差し戻されての高裁での判決は、本村さんも大方の国民も納得したというか、望んだ通りの死刑であった。
被告側はすぐに上告しているが、「よほど特別な理由がない限り死刑にするほかない」という理由で最高裁から差し戻されているだけに最高裁でも判決が覆ることは考えにくく、今回の判決では最高裁で再度審理する意味もないことから上告は棄却される可能性もある。死刑という判決を下すにあたっては限りなく慎重に審理されるべきだということは私も理解しているが、今回の判決、判断は妥当だろうと私は思っている。

日本の司法では、犯行当時年齢が10代の場合は更正の可能性に賭けるということで罪が軽減されるという傾向がある。
確かに窃盗などの罪においてはそういう考えもあるかとは思うが、人を傷つけたり、まして殺してしまった場合には年齢はどうであれそれなりの責任を取らせるべきだと思う。それは「心神喪失」という場合でも同じである。やったことがわからなければ責任ゼロで無罪放免、というのは被害者からすればあまりにも理不尽ではないか(自分の行為を自覚できないのなら再犯の可能性も捨てきれない)。医療措置というのを含めた責任の取り方もあるはずだ。

それから死刑の判決を下す基準として犯人の年齢と、殺した人数によって決めると言うのもよくわからない。
例えば今回のように10代での犯行の場合「永山基準」なるものがあり、4人殺さなければ通常は死刑判決はならないのが慣例だというのだ。
本村さんも記者会見で述べていたがあくまで永山基準は法律ではない。単に以前そのような判決が下ったことがあるという実例だけである。
「2人では死刑にするのには足りない、4人以上でないと」といって人の命を「数」として考えて判決を決めるのはまるでノルマについて話しているように聞こえ、命を命として考えていないようで違和感がある。ケースによって殺害状況も、背景も、犯人も違うのだから、全く同じ基準では考えることはできない。死刑を含めて判決を下す根本の基準は「何をしたか」ではないのか。

今回年齢に関して殆ど考慮せず、あくまで「やったこと」に対して忠実に判決を下したというのはいろいろな意見はあると思うが、決して「間違い」ではないと思う。特に今回のように、弁護人が変わってから供述を180度変え、意味不明なことを言って心神喪失の可能性をいきなりゴリ押ししてきたような場合はなおさらである。
この方向転換は、却って被告に対する裁判官の心証を悪くしたのではないかと思う。自分達は「死刑反対」というポリシーがあるのかもしれないが、法律家であるのならば法に対して真摯に向き合って欲しい。

弁護団のグダグダ加減に比べ、本来喋りを仕事としていない本村さんのほうが話し方も洗練されて分かりやすく、冷静で、強い怒りや悲しみも噴出させることなくきちんと対応していて、明らかに人間の「格」というものに差がついて見えた。
しかし私は本村さんのその素晴らしさが痛いほど悲しい。
自分にある日突然襲い掛かったこれ以上ないほどの不幸についてあのように冷静に、整理して話せるいうことは
それについて何度も何度も何度も何度も常に自分の中でずっと反芻し、この事件に関するあらゆる要素について絶えず検証し、考え続けているからだ。
彼からこの事件のことが頭から離れることはないのだろう。彼が整然と話せば話すほど、一人になった時に考え続けている彼の姿が想像できてしまう。
事件直後の本村さんの映像を見ると、勿論ショックがまだ大きすぎるということはあるだろうが、今の彼ほど硬質なイメージはない。ただ普通に会社で働き、愛する女性と結婚し、子供をもうけ、あたりまえに生活していた彼にはあのような冷静さは身につける必要はなかったからだろう。

今の彼のあの理路整然さは「鎧」を私に連想させる。それは計り知れないほどの怒りや悲しみ、そして誰にも伺い知ることが出来ないほどの激烈な孤独というものを内包しているように思う。鎧を身に着けることで彼の心をギリギリのところで守っているのだろう。
彼のメッセージはこちらにまっすぐに届いているものの、彼がどこか心を閉じているように見えるのはそのせいかもしれない。無理もないことだ。犯人は本村さんの人生も、彼自身の人格までもここまで変えてしまったのである。司法が「死刑やむなし」としたのも当然と思える。


本村さんは「『この事件をきっかけに(結果的に)世の中がよくなった、変わった』という状態が訪れることを願っている。そうなればこの事件は必然だったと自分のなかで思えるようになる」と述べていた。
彼の言葉は、少しずつ現実になっている。遺族は裁判を優先的に傍聴できるようになったし、被害者の写真を法廷に持ち込めるようにもなった。彼の人柄と説得力のある話の内容や態度があったからこその変化だろう。彼の悲しみは消えることはないものかもしれないが、彼の今後の望みがひとつでも、少しでも叶えられていくことを心から願っている。

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光市母子殺害の元少年に死刑 広島高裁「18歳、回避理由ない」 [ 04月22日 13時01分 ]
共同通信

 元少年への死刑判決を受け、記者会見する本村洋さん=22日午後0時31分、広島市内のホテル
 山口県光市で1999年、母子が殺害された事件で、殺人などの罪に問われた元少年(27)の差し戻し控訴審で、広島高裁は22日、求刑通り死刑の判決を言い渡した。犯行時18歳1カ月の被告に死刑を適用するかが焦点だったが、裁判長は殺意を認めた上で「死刑を回避すべき理由にはならない」と指摘した。被害者遺族の訴えをくんだ形の結論で、来年始まる裁判員裁判や、相次ぐ少年による重大事件の審理にも影響しそうだ。
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by toramomo0926 | 2008-04-24 21:27 | 事件・事故


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